海神の唄 -[R]emember me-

バタフライ・エフェクト―マダミヌソラ―― Re:Ⅴ

 更に思考が加速する。

「物理学的にあり得ない事象が実際に起きている、推定される衝突時の運動エネルギーは推定2.514垓 2.514×10(25)ジュール。非現実的な世界終末ストーリーだ。海底に出来る超巨大クレーター、壊滅的な津波、地球規模の巨大地震、気候変動によって引きおこる生物の絶滅。全球凍結まで考えられる事象が今目の前で起きているんだ」
「お前、一体何を言って――」
「そう、何を言ってるのか分からないんだ。そんな想像もしたことも無ければ運動エネルギージュールの計算方法も知らない。なのに頭の中に浮かんでくるんだ」

 困惑する潔に向かって淡々と説明する。同時に世界に走るノイズが和らいでいくのが感じられた。

「そんな事よりどうするのこれから!」
「わからない、動いたほうが良いのかそうじゃ無いのか。情報が少なすぎて答えが出ない。曽根はどう思う?」
「自分も分かりませぬ、情報が遮断されてる上にこの惨状であります。なる様にしかなりませんな」

 迫りくる大気がもうまもなく海へと着水する、海公園に居る全員がソレ・・を固唾を飲んで見つめていた。ゆっくりと、ゆっくりと落下していくソレ・・が、予言の恐怖の大王アンゴルモアに思えるほどに。

 僕達四人は――いや、その場にいる全員がその一瞬を目撃する。揺らめく大気が海に着水すると巨大な水柱が打ちあがる。その瞬間を。

「――クソッタレ」

 そう、小さく呟いていた。
 巨大な質量の大気が海面に衝突した瞬間、海水は超高温、超高圧に圧縮され、瞬時に液体としての構造を保てなくなって巨大な水蒸気、またはプラズマ状態へと変換される。その極度の圧力と熱で爆発的に立ち上がる海水の柱は、一瞬で空にまで登った。

「世界終末シナリオとは良く言ったもんだ、ふざけやがってチクショウっ!」

 皆が噴出した海水を見上げてる中、僕の心は再び絶望に染まる。次第にこの吹きあがった海水は大津波として世界を呑み込む。そして次に起こる事と言えば、口に出すのもおぞましい。

「きゃっ!」

 世界が揺れ始めた。
 そう、文字通り地球全体に広がる巨大な超大型地震Megathrust earthquake 。衝突エネルギーは地殻を貫通し、マントルの深度迄到達する。その結果、プレートの歪が解放されるより先に地球全体が揺れる。まるで地球が最後の叫び声を上げている、そんな錯覚を起こす程の大きな揺れ。推定マグニチュードは計り知れない。太平洋海洋プレートリソスフィアを破壊し、破局的ではなく、地球全体に影響を及ぼす。

 衝突から十秒、これまでで一番のノイズが走り、世界が三重に見えて重なった。

「皆伏せてっ!」

 咄嗟に出た言葉だった。
 側にいる潔の服と七海の腕を引っ張り、無理やり地面に伏せさせる。次に曽根の手を引っ張ろうとしたその瞬間、言葉では言い表せない程の巨大な風圧が街全体を襲う。吹きあがった水柱を見ていた人々は吹き飛ばされ、しゃがみ込んだ僕達も同様に吹き飛ばされる。
 公園から投げ出され、空を舞う人々、僕達はしゃがんだ事もあり吹き飛ばされはしたが、数メートル転がる程度で済んだ。

「曽根ぇぇぇ!」

 手を掴みそこなった曽根は、街の人々と一緒に空に投げ出されていた。
 何でもっと早く気が付かなかった、何でもっと考えなかった。
 あれほどの衝突エネルギーだ、巨大な衝撃波ソニックブームが発生してもおかしくないだろう、もっと早く気が付いて入れば、曽根も助けられたのかもしれないのに。

「いったぁぁ……今度は何!?」
「衝撃波だよ、アレだけの衝撃だ。とてつもないものが来るって分かっていたのに、助けられなかった――」

 ゆっくりと立ち上がり周囲を確認する、七海の腕をしっかり掴んでいたおかげか、一緒になって吹き飛ばされはしたが僕と彼女は然程目立った傷は無かった。

「そん、な……」

 潔の姿が見えなかった。
 いや、正確には――潔の首から下だけがそこに残されていた。頭部を無くした潔の体は、ゆっくりと力が抜けて倒れた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「見ちゃ駄目だ七海!」

 衝撃波に巻き込まれ、飛ばされた物にでも当ったのか。無くなった首は鋭利な物で切られたか様に見える。鮮血が飛び、そこには潔だったものが、肉片として転がっていた。

 地獄だ、コレは黙示録で描かれた地獄そのものだ。コレを真に受けてしまったら、コレを受け入れてしまったら、もう僕達は――。

「ねぇ孝雄、地面が!」
「――せり上がってる」

 太平洋海洋プレートリソスフィアが破壊され、圧縮されたプレートが地殻変動を起こし、日本の標高がぐんぐんと上がっていく。急激な上昇によって気圧は下がり、酸素が薄くなっていく。
 あぁそうか、こういう未来もあったのか。何も一週間で世界が滅亡するのを防ぐだけじゃないのか、なら僕は一体何をすればよかったんだ、バタフライ・エフェクトを考えて小さな行動しかできなかった僕が一体何をすればよかったんだ。

 何もできるわけないじゃないか!・・・・・・・・・・・・・・・

 こんな、こんな――こんなふざけた事象があってたまるか!
 低下する気圧と、薄くなっていく酸素の中、僕の意識がゆっくりと薄れていくのが分かる。七海はかろうじて耐えている様に見えるが、苦しそうな表情が目に焼き付く。

 そこで、意識が飛んだ。