海神の唄 -[R]emember me-

バタフライ・エフェクト―マダミヌソラ―― Re:Ⅳ

 逃げ惑う人々が僕達を置いて坂道を駆け上がっていく。僕はその場から動くことが出来ずにいた、目に見えて絶望が迫っている状況下の中で、高台に避難したところで何の意味があるというのだろう。答えの出ない自問自答を繰り返してきたこれまでに比べれば、完全なる絶望だ。

「おいお前等、何やってんだ早く逃げるぞ!」

 そこに潔と曽根もやって来た。
 二人とも息を切らし、膝から崩れた僕の両脇を抱えて無理やり立たせようとする。それでも僕の体は言う事を聞かなかった。

「何してんだ孝雄、津波に巻き込まれるぞ!」
「――違うんだ、違うんだ潔。これはそんなもんじゃない、もうそんな物じゃない・・・・・・・・、そんな次元の話じゃないんだ!」
「何が違うって言うんだ、アレが太平洋に落ちたらどうなるか分からねぇんだ。津波の確率が一番高いに決まってるだろう!」

 分かってない、何も分かってない。
 もはや生命存続の危機と同等の事が起きてるんだ。
 ソレを今の潔に説明できる自信がない、あくまでも仮定の話。被害を最小限に仮定したとしても津波の高さはこの高台を遥に超える。そんな冗談みたいな話を誰が信じる。

「この程度の高さじゃダメなんだ、最小限の被害で想定しても数千メートルの津波から逃げられることは出来ない。太平洋沿岸部は全滅、大陸内部数百キロに迄及ぶ、人類が経験したことのない超巨大津波なんだ! 仮に――仮にだ、その津波から助かったとしてもだ、アレ・・が地表に与えるダメージは壊滅的な物になるんだぞ! 衝撃時のマグニチュードは理論上でしか観測されない上限を遥に超え、形成されるクレーターは数百キロはくだらない! 地殻が破壊され、生命の存続は不可能なダメージを追うんだ!」

 自分で何を言っているのか、分かっているつもりだった。だからこそ違和感を感じたんだと思う。何故こんな事を・・・・・ハッキリと言えるのだろうか、有史以来経験したことのない、いや、現実ではありえないことが起こっている事は明白だ。なのになぜそんなことを想定できる、何故はっきりとしたイメージが出来ているんだ。

「お前の空想癖は後で聞いてやる、今は立って走れ!」

 潔が僕の肩を担いで走りは始めた、その後ろから七海と曽根がついてくる。悲壮感で溢れた僕の表情を見ても潔は表情を変えずに、ただ僕を奮い立たせてくれた。

 ――あぁ、神様。一体コレは何の試練だ。
 間違いなく絶滅する、この出来事で地球は壊滅的なダメージを負う。生命が生存できる青い星は火星のような惑星になるだろう。ソレが怖くて、ソレが嫌で、ソレを想像してしまう僕が嫌になる。

 本当、一体何の冗談だこれは僕達が一体何をしたと言うんだ

 もう何も考えたくない。
 もう何もしたくない。
 もう、何をしたって無駄だと、心のどこかで考えていたことが全て噴出した気分だった。体中の力は抜け、引きずられるように潔に担がれる自分の体。周囲の悲鳴と怒号が入り混じって耳に届くが、それらが雑音でしかないと分かるまで時間がかかった、今も世界はブレて、ノイズが走っている。
 この現状が一体何を意味しているのか、一体何を見せられているのか、一体何が起きているのかを。もう考える事すら諦めていた。
 仕方ないだろ、どうせ皆死ぬ事になる。生命が生存できる可能性は限りなくゼロに等しい現状で、一体僕に何ができる。蝶の様に羽ばたいた結果、世界に及ぼす影響何てみじんもない。結局な所バタフライ・エフェクト何て起こりえる事のない現実なんだと知った。

 七海や潔、曽根が僕に何か話しかけているけど、何も頭に入ってこない。あぁ、そうか――人間が壊れるって、こういう事を指すんだろうな。全てが偶像、全てが出鱈目、全てが幻。そんな一瞬を生きる僕達に自称神が与えた試練は、終わりの始まりだったんだ。
 世界恐慌だとか、戦争だとか、もうそんな次元の話じゃない。物理的にこの世界が終わりに向かっているのだと誰の目にも分かってしまう。
 そんな絶望の中、ふと顔を上げる。

 何故だ本当に

 虚ろな瞳に映る七海の泣き顔が、僕の意識を引き戻してくれた。
 諦めて良いのか、本当に諦めて良いのか。
 僕の体験した一週間に、こんな事は無かった。

 仮に――そう、仮にだ。コレは仮定の話だ。
 奇跡的に生き残ることが出来たとすれば、まだこの続きがあるのではないかと思った。体験したのは一週間の出来事だ、まだ三日も残っている。
 何故四日目にして世界は崩壊の道を選んだ、何故今日なんだ。

 再び脳内のシナプスが接続され、思考回路が加速する。考えろ、考えろと脳内の誰かが僕に語り掛けてくる気がしてならない。
 そもそも、何故僕はこれから起こりえる事を安易に想像することが出来た。実際に見た訳でも無ければ考えた事も無い事象だ。
 空が落ちて、ソレが地球にどれほどのダメージを与えるかなんて、空想科学の世界でも取り扱わない。そんな馬鹿げた話を何故淡々と説明することが出来たんだ。
 違和感はそれだけじゃない、何故今世界がブレてノイズが走っているんだ。

「しっかりしろよ孝雄!」

 潔に担がれたままの僕はその言葉で我に返る。ゆっくりと足に力を入れて自力で立ち上がる。気が付けば海公園まで登っていた。そこから見えるゆっくりと落下してくる大気が揺らぎながら浮かんでいる。

「なぁ潔、アレは一体なんだと思う」
「俺が知る訳ねぇだろ!」
「だから聞いてるんだ、アレは一体なんだろう。空が落ちてくるなんて現実にはあり得ない。空想科学でも何でもない、コレは現実の出来事だ」