海神の唄 -[R]emember me-

ソラニカガヤクヒカリハゼツボウ――Re:Ⅰ

 何事も始まりがあれば終わりがある。
 何時だって世界は不条理で、理不尽で、嫌な事ばかりが起きる。それが人生でそれが僕達が生まれたこの世界だ。
 コレが理不尽でなかったら一体なんだ、コレが不条理でなかったら一体何なんだ、これがクソッタレで無ければ一体全体何を信じればいいんだ。

 世界はそういうもので出来ている分かっていたはずだ、そうやって生きてきたから

 雑念が頭の中を支配していく、不安だけが無限に広がっていく、吐き気を催すことも多々ある。頭を抱えながらこれから起きることを考えると頭痛がしてくる。
 いや、まだだ。まだ顔に出すな。
 せめて笑え、笑っていろ。
 狂っているのは世界か、それとも僕か。正常なのは僕か世界か。答えが出るまでが未知だ、向き合うしかない現実しか目の前にはない。

 そう、無いんだ。
 この坂道を登り切れば目的地に到着する。隣で心配そうにしている七海の表情が一層曇っていくのが横目で確認できる。
 そんな顔をしないでくれ、まだ壊れたわけじゃ無いんだ。
 きっと潔や曽根も僕の顔を見たら心配するだろうか、もう少しで答えが分かる。

「本当に大丈夫なの?」
「至って普通だよ、ちょっと考え事しすぎて疲れてるだけ」

 普通って何だろう。
 今迄の普通とは一体何か、僕の普通とは何か、端から見た僕の普通とは一体何なのか。そんな哲学的な事が脳内を走っては、再び不安に押しつぶされそうになる。
 気を紛らわせる為にもう一度ラジオのスイッチを入れた。パーソナリティが笑いながらくだらないことを話して、今日のゲストを紹介ですと気の抜けた声が聞こえる。

「そうなら良いんだけど、考えすぎは体に毒だよ」
「実はちょっと前から小説を書こうと考えてるんだ、ネタを考えてたら中々思考が纏まらなくてさ」
「それでそんな顔をしてるのね、こんなに可愛い子が隣で一緒に歩いてるっていうのに私は退屈だよ」
「その足癖が無ければ物語のヒロインになれそうだよね七海も」
「あら、コレの事かしら」

 咄嗟に冗談を交えたところで足が飛んでくる、軽めのキックが僕の脹脛ふくらはぎを捉えた。

「痛いよ」
「軟弱者、これしきの事で何を言うのかね本の虫め」
「貧弱で結構、バレー部の脚力には負けるよ」
「誰が下半身ゴリラですって?」
「そこまで言ってない」

 コレ・・で良い。
 普段通りだ。何気ない会話に何気ない受け答え、これでこそ普段の僕と七海だ。何一つ変わってない日常だ。
 何度この言葉を頭の中で繰り返しただろう、何度この言葉を口にしてきただろう。
 日常で良いんだ、変わらないもので良いんだ。頼むから僕にもう一度狂気を見せないでくれ。今は心の底からそう願う。だけど、世界はそれ程甘くは無いらしい。

「とうちゃーっく! ってまだ二人共来てないね」
「僕達の二倍位は距離あるからねここまで」
「だからこそ早く家を出るってものだと思うのだよ」
「……今丁度十三時」

 無邪気にはしゃぐ七海に目を奪われる。
 潔と曽根が来るまでこの景色は僕だけのものだ、独り占めできるこの時間だけが少しだけ嬉しくて、少しだけ罪悪感に駆られる。
 でも良いんだ、久しぶりに積もった雪で楽しそうに走り回る七海を今だけは目に焼き付けよう。それだけの価値がある、それだけの意味がある。それを知ってるのは悲しいかな、そう今は僕だけ。

「どこの家庭でもお昼十二時ジャストにご飯を食べるって訳でもないでしょ」
「そうかも知れないね」
「ならば早めにお昼を食べて集合場所に急ぐべきだと思うのだよ」
「それはどうかな」
「歯切れが悪いじゃない、私何か間違ったことを言ってるかな」
「全てが七海の思った通りに事が進むことは無いって事が一つ、それともう一つが――」

 そこで一度溜めた。
 特に意味は無い。そう、本当に意味は無い。だけど少しだけ気がかりなことがあって言葉に詰まったと言うのが正解だろう。
 頻りに世界にノイズが走っている、それも今までに感じた事のない程の量だ。時折機械音も交じり交じりのノイズだ。この三日間で一度だけコレを僕は知ってる。あの時七海と一緒になった時と同じだったんだ。
 七海と一緒に海公園迄の道中もずっとノイズが走りっぱなしだった、だけど今に至っては更に酷い。何が変わろうとしてるんだ、何が変化してるんだ。と、僕自身不安に駆られる。不安を隠し七海に伝わらないように精一杯の擬態を表情に施した。

 そうか、不安の正体はこれだったのか・・・・・・・・・・・・・
 この期に及んで僕は覚悟が足りなかったらしい。
 昨日散々考えたじゃないか、散々泣いて、胃酸しか出ない程吐いて、この先に待つ本当かどうか分からない未来と闘うと決めたじゃないか。

「潔と曽根だよ、あの二人が約束通り来た試しがない」
「それもそっか」

 冗談を言え、それまでの日常を思い出せ。
 表情筋を保て、愛想笑いでも何でもいい。誤魔化せるならそのまま誤魔化し通せばいい、それが今僕にできる最善だ。その反面周囲に神経を集中させろ、見逃してはいけない、僅かな変化すら見逃してはならない。その小さな羽ばたきがこの先の未来に影響を及ぼすのなら見逃してはならない。

 どうやって可能なのか

 たった一週間、されど一週間だ。
 些細な出来事でも変化を見逃してはならない、だけどそんな事が可能なのか。目の前に広がる膨大な情報から一つの揺らぎを察知することが可能なのか。
 無理な話だろうそんな事。

「お、来た来た! おーい!」

 雪の上を走り回っていた七海が手を振っている、その先に目を向けると潔と曽根が連なって歩いてきた。

「遅いぞ若者達よ!」
「昼飯食って速攻だっての!」

 防寒具に包まれた潔が白い息を吐きながら気怠そうにそう言った。その横で曽根が息を切らしている。

「海公園集合なのは結構ですが、幾分坂道が足に来ますな」
「孝雄と同じで運動不足だからだよお前は、ちったぁ七海を見習ったらどうだ」
「帰宅部なのは潔も同じじゃありませんか」
「俺は少なからず鍛えてるからな」
「不良喫煙者の癖に納得が行かないであります!」

 曽根を揶揄う潔の口元で、煙草が小さな火種と一緒に煙を上げていた。

「また煙草吸ってる!」
「別に構わないだろ、副流煙だっけ? お前らには気を付けて吸ってるじゃねぇか。ポイ捨てもしてねぇんだ細かい事言うなよ」
「そういう問題じゃないでしょ、といっても未成年から煙草吸ってるとインポになるって聞いたよ」
「なっ――!」

 女の子が口に出していい言葉じゃないだろうと突っ込みたくなる。が、今はそれどころじゃなかった。四人そろった時点で一度大きなノイズが走った。
 頭痛も伴い咄嗟に頭を押さえようとした手を力の限り握りしめて、一瞬だけ目を細めた。するとどうだろう。ノイズはきれいさっぱり消え去っていた。
 不可解な現象だ、僕はこの記憶を知らない。既に僕の知っている未来とはかけ離れた状態にある事は間違いないのだと確信した。

 同時に、ポケットのラジオを握りしめた。

「てめぇ、言うに事欠いてインポはねぇだろ!」
「だって噂じゃん、未成年喫煙はインポ――勃起障害に繋がるってテレビでやってたよー」
「女子が軽々しく勃起とか言うな、大体てめぇは羞恥心ってものをだな」
「あー……七海殿? 正確には性的不能状態をインポといって、性機能障害に近い意味合いで使われていることを指すのでありますよ。英語でインポテンスの略称で――」
「曽根ぇぇぇぇぇぇ!」

 頭痛も引いて、世界にノイズが走らなくなったところでこの会話だ。
 周りから四馬鹿なんて呼ばれているのも何か納得できるのが悔しい、その中に何で僕迄入っているのか。ソコだけ少し気に入らない。そう、少しだけ。

「ふふふ……あはははは」

 思わず笑ってしまった。
 こうして四人が揃うのもなんだか久しぶりな気もする、最後にこうして集まったのは確か夏だったか。高校最後の夏を満喫しようって話で夜に花火をここで見たんだった。

「何笑ってんだよ孝雄、お前迄こいつらの肩を持つってのか」
「そうじゃ無いよ、なんだか久しぶりに感じちゃってさ」

 思いの外コレが欲しかったんだと思った。
 僕の体験した一週間でもこうして四人揃って集まる事なんて無かった、そう考えればこうした体験も良いものなのかもしれない。そう思えたんだ。
 そうさ、三馬鹿なんて言われることに違和感を感じることも多々あった。去年まで四馬鹿と揶揄され、今年からは一つ減って三馬鹿。それが多分僕にとってものすごく違和感に感じていたことだったんだ。だからこそ僕は今、この時間が幸せに感じられた。
 今この瞬間、偽りの時間なのかもしれない。偽物なのかもしれない、もしかしたらの世界で僕は不謹慎にも幸福を感じていたんだ。

 その時までは――。

 幸福は、唐突に終わりを迎えるようこそ、もう一つの結末へ