「っ!」
ほぼ同時に僕達四人は頭を押さえた。
引き裂かれるような痛みに襲われ、押し潰される様な感覚を同時に覚える。耳に届くこの音は地響きか何かか。咄嗟の事で何も分からない。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「いてぇぇぇぇぇ!」
七海と潔は膝から崩れ落ちた。僕は倒れそうになる体に鞭を入れてギリギリのところで保っている。曽根何も言わずに、ただ振るえてしゃがみ込んだ。
ポケットにしまっていたラジオの電源を入れる。周波数は事前に合わせていたはずなのに何も聞こえてこない。聞こえてくるのは砂嵐のようなノイズだけがスピーカーから流れていた。
そして、この異変の正体が徐々に姿を現し始める。
「ねぇ、空!」
七海の叫び声で僕達は咄嗟に空を見上げる。それがいけなかった。
「……何の冗談だよ、おい」
あぁ、大局的に見ればこうなるのか。小さな揺らぎから発生した世界の流れを崩すとこうなってしまうのか。まだ三日目だ、ソレが起きるのはまだ先の話だろ。
何で今、何でこのタイミングでそうなるんだ。
「空に、ヒビが入ってるっ!」
世界の異変、化学では証明できない事象、世界終末論者が待ち望んだ瞬間、世界滅亡の引き金となる終末シナリオ。観測されて、初めて事象として記録される天変地異。夢の中の出来事。様々な謂れを含む大いなる絶望。
ソレは、世界同時多発的に発生していた。
「何でありますかコレは、何が起きてるでありますか!」
「知るか、何がどうなってるんだよ!」
「ちょっとパニックにならないでよ、こっち迄不安になるじゃない!」
「アレを見て不安になるなって言うのは無理がありますぞ!」
一斉にパニックに陥る三人に対して、僕は平然と空を見上げていた。いや、正確には内心パニックになっている。それ以上に思考が纏まらずに加速していた。
「なんで――今このタイミングなんだ」
自分でも気が付かないうちに言葉が出ていた。
振るえる足、振るえる体、焦点が合わない目、それらに反して笑う口元。一体僕は何を見ているのだろうか。
「孝雄、お前何でそんな平然と――」
潔がそこまで言うと、その先の言葉を失っていた。同時に絶句していた。
きっと僕の顔を見たんだ、この不気味な笑顔に言葉を無くしてしまったんだ。彼からすれば見た事のない僕の異常なまでの表情に恐怖を覚えたに違いない。
僕なら、逃げ出してしまいたい程恐ろしいと思えるその表情に。
困惑する潔が一度だけ唇を噛んだのが見えた。
「孝雄!」
再び呼ばれて我に返った。ハッとした表情で僕の肩を掴む潔の顔を見た。
「お前何か知ってんのか、アレが一体何か知ってんだな!?」
「潔――いや、僕は」
「惚けてんじゃねぇぞテメェ、普通あんなもん見てそんな顔してられる訳ねぇだろ! 教えろ孝雄、アレは何だ! 何が起きてんだ!」
「ちょっと潔!」
激しく僕の体を揺さぶる潔を七海が止めに入った。今まで見た事のない程錯乱している潔の姿に思わず言葉を呑んでしまった。いや、事実目の前でこんな不可解な事が起きれば誰だって混乱するだろう。初めて体験する事象、初めて見る異常現象。
僕は二度目だから、驚きこそあれど錯乱はしなかったんだ。
「僕にも分からない、分からないけど――」
「けどなんだ!」
七海の手を振りほどいてもう一度僕に詰め寄る潔の表情は、それはそれは言葉に表すことのできない物だった。恐怖、畏怖、混乱、未知、困惑、それらが毛玉の様に絡み合っていた。
僕自身これから先何が起きるか分からない、もう僕の知ってる一週間ではなくなってしまっているのだから。そう考えた瞬間とてつもない不安に駆られた。そしてラジオからパーソナリティの悲鳴にも似た声がスピーカらから流れ出た。
「皆さん落ち着いてください! 落ち着いて行動してください! 政府からの情報をお待ちくださ――」
そこでラジオが切れ、空に巨大な閃光が走った。
「――終わりの始まりだよ皆」
僕達は突如として発現した現象を目の当たりにした。僕達だけじゃない、世界で同時多発的に起きたその現象はパニックを起こすのにそう時間は掛からなかった。
同時に現れた巨大な閃光、ラジオが切れたのではなく全ての機械が一斉に動かなくなったんだ。コレは僕の知っている一週間での出来事ではない。もう既に別の一週間に置き換わっている、この先を知るすべは何もない。
その証拠に、世界にノイズが走ることは無くなっていた。
イメージもブレて重なる事も無く、目に映るもの全てが真新しくて一切記憶にない出来事だ。
何処に特異点があったのだろう、何がトリガーポイントとして動いてしまったのだろう。バタフライ・エフェクトは何処で起きたのだろう。考えても考えても何も答えは見つからない。判断することのできない過去の事象は全て置き去りになってしまったんだ。
故に、僕は更に絶望していた。
空にヒビが入った事は既に体験している、だけどその先で何が起きるのかは何も分からない。ヒビが広がってもしかしたら空が落ちてくるのかもしれない、何を馬鹿な事をって思うだろ、僕も同じ気持ちだ。
そんな事空想科学の中でも語られたことは無い。そう、コレは全て妄想だ。これから先起きることを妄想することしかできなくなったんだ。
「これからどうするよ」
「……私は一旦家に帰る、お父さん達が心配してるだろうから」
「右に同じですな、一度家に戻っておきたいであります」
ゆっくりと陽が沈み始めてきた時刻だ、これからどうするか、どうなるか分からないのは僕だけじゃない。皆同じ気持ちだ。
「僕も戻るよ、どの道こんな状態じゃ何もできないし、何よりこの先に備えたい」
多分曽根は、あの閃光の正体についてうすうす感づいていると思った。アレから街全体が嫌に静かで、ラジオと携帯電話からは焦げた匂いがしている。それがキーワードになっているんだと思った。
「それぞれ戻る前に一つだけ助言して置くであります、もしも家の中の電子機器が全てイかれてたら今日から夜は本当の意味での暗闇であります。仏壇とかのろうそく、庭で何かを燃やして暖を取ったりする事もこの際推奨されます」
その発言ではっきりと分かった、曽根は間違いなく気が付いている事に。
「何言ってんだお前、家電が全部逝っちまってる訳ねぇだろ」
「いや、曽根の言う通りだと思う。さっきの閃光の事言ってるんだよね」
「そうであります、コレを見て欲しいのです」
「……携帯がどうした?」