海神の唄 -[R]emember me-

バタフライ・エフェクト―アノソラ――Re:Ⅳ

 正午過ぎ、約束通り七海と合流して銀世界を歩いていく。
 時折七海の表情を確認しては、異常が無いことを確認して胸をなでおろす。そんな作業を何度繰り返していたのか、数え切れない程試行回数を重ねていた。

「何よ、さっきからチラチラと」
「――ううん、何でもない」
「何でもないのにチラチラチラチラと、そんなに今日の私は可愛いのかしら?」
「七海は普段から可愛いからなぁ、今更確認する事でも無いんじゃないかな」
「あら、良く分かってるじゃない」

 実際のところ何も分かってない。
 普段の七海といえばそうだ、でも観察をすればするほど何かが違っている感覚が襲って来る。この感覚の正体は何だろうか、一体何が僕をこんなにも不安にさせているのだろう。
 良く分からない。
 何かで読んだことがある。
 人間は得体のしれない物を認識した時、表現できない何かを恐れて、言葉にできない何かに恐れ慄くのだとか。言うに事書いて七海に対してそんな感情を抱くなんて僕には想像もできなかった。

 だからこそ、怖いんだこの違和感を僕は知らない

「案外どうにかなるもんだね」
「何が?」
「雪掻きだよ、こんなに積もった記憶無かったから実は絶望してたの」
「そりゃぁそうだ、僕だってこんなに積もるとは思ってなかったからね」
「その割には行動が早かったよね、昨日からずっと雪掻きしてたんでしょ?」
「今日の朝にはどうなってるか目に見えて分かったからね、天気予報も偶には信じてみるもんだよ」

 大丈夫だ、咄嗟に振られた話も日常として交わすことが出来ている。何も問題は無い。

「誰よりも天気予報を信じない孝雄が珍しい、何か確信めいたものがあったの?」
「確信っていうか、もう昨日の午前中からとんでもない降雪量だったから。一人で雪掻きしなくちゃいけないんだからある程度昨日のうちに片づけておきたかっただけだよ。その証拠にほら」

 左腕を七海の前に持っていくと、彼女は僕の腕を触った。

「おやおや~、凄い痙攣してるね」
「絶賛全身筋肉痛、実は昨日の夜からこんな感じ」
「あっはっは! そりゃぁ大変だったね」
「笑い事じゃないっての」

 昨夜に比べたら存外痛みは引いている。無理に動かすと悲鳴が上がるのは背筋位でそれ以外の部位に関しては左程じゃない。体育祭の後よりは若干酷い位だ。
 事実、若さ故の疲労回復だろうと思う。そう考えれば僕の肉体年齢もまだまだ子供なのだと思えた。

「それで、海公園で何するの」
「知らない、潔が集まろうっていうから来てるだけで特に何も聞いてないよ」
「ふーん……まぁ私は雪掻きがサボれるならそれで良いんだけどね」
「元バレー部が聞いて呆れる」

 痙攣する腕を突っついては、終始笑顔の七海をちらっと見て腕を引っ込める。おもちゃを取り上げられた表情をして悪態をつき始める。

「引退して何カ月経ってると思ってるのよ、朝の雪掻きで私も少しキテるんだから、これ以上は明日からの学校生活に支障をきたすって話よ」
「帰宅部の僕が既に限界突破してるのによく言う」
「男の子と可憐な女の子じゃ、体の作りが違うのだよ少年」
春高ベストシックス春高バレー参加者が何か言ってら」

 普段通りのやり取り、何時もの何気ない会話、これといって目を引くことのない日常。あぁコレなんだとこの二日間で起きた出来事でヤキモキした感情から解放される瞬間だった。
 テレビやラジオ、雑誌から得られる日々のミームに汚染される日常を嫌っていたのに、気が付いたらソレらが心地よく思える。まさに平穏と日常、幻想とはかけ離れた何物にもなれると錯覚する日々にうんざりしていたはずなのに、毛嫌いしていたそれらが今は掛替えの無いものに感じられる。
 そうだ、結局なところコレなんだ。
 僕がいくら否定したところで変わらない物はそのままなんだ。と、普段の生活に溺れるのが人間の生き方なのだと。
 だからこそ、壊れるのを嫌った。
 だからこそ、変わるのが嫌だった。
 だからこそ、今を大事にしたい。

「何よ、気持ち悪い顔しちゃって」
「生まれつきの顔に向かって気持ち悪いとは何事だ、全く持ってけしからん」
「いやいやいや、初めて見るよその顔。ほらあそこのミラー見てよ」

 笑顔が引き攣っているのだろうか、普段から冗談を言う七海の言葉が今回だけは含みを持っているように感じた。指さす方向にミラーがあって思わず下からのぞき込んだ。

「――っ」

 確かに僕の顔が映し出されている。ただ、何時もの僕の顔とはかけ離れたものがソコに映し出されていた。あぁ、七海の言ってる事はこれだったのか、僕自身気にも留めない範囲でいたその表情。自宅を出る時は何も変わっていなかったその見慣れた顔に違和感を覚えた。

 笑っていた。

 不気味に、不敵に、その笑顔には若干の狂気も混じっていただろう。そんな表情を見た七海の心中がどれほど困惑してたのか分からない、いや、困惑で済めばよかったのかもしれない。
 七海の表情から受け取れる情報はまるで、困惑や驚きなんてものじゃなかった。畏怖そのものだったんだ。
 それもそうだ。
 自分の仲間が、今まで何の変哲もない表情をしていたにもかかわらず、曇らせた表情の奥に口元だけ笑っている僕の顔。これに驚くなっていう方がどうかしている。仮に七海がこの表情をしていたら僕は一体どんな感情を持っていたのだろうか。

「疲れてるんだよ」
「疲れてるって、ここ最近孝雄の口からはずっとそればっかりじゃない。一体どうしたのさ」
「――僕にだって良く分からないんだ、だから海公園で事の真相を確かめたいと思ってる」
「事の真相って……君は一体何をやろうとしてるんだい」
「それも、良く分かってない」

 ポケットからラジオを取り出して三度となる動作確認を行って、受信、音量のチェックを行っていた。これは無意識でやっていたことだ。これについても七海は食い掛る。

「それ、そのラジオも一体全体なんなのさ」
「何事も無ければただの音楽が流れるだけだよ」
「……やっぱり、今日の孝雄変だよ。ううん、今日というか金曜日の夜から何かおかしい」

 あぁそうさ、きっと僕は壊れてしまっているんだ。だからこんな変な事をしているんだ。自覚はある、周りから見ても異常だと思われるのも仕方ない。だけど確かめなければいけない、この二日間で起きた異常現象の数々を。
 もう一度繰り返す、壊れてしまったのは世界か、はたまた僕の方なのか。

 ――今日、その答えが出る。

 七海と一緒に海公園へ向かう途中、案の定ずっとノイズが走りっぱなしだ。何が変化しているのか分からない。ただ言えることはこの場に僕の体験した一週間で七海の姿は無かった。一日中雪掻きで汗水流していたはずだったんだ、それが気が付いたら僕と一緒に目的地へと足を運んでいる。
 あぁ鬱陶しい。視界がノイズだらけだ、時折止むノイズに二重の映像が重なっては消えていく。それが家を出てからずっと続いている。正直気持ちが悪くて仕方ない。

 そうだ。
 今日が二日目の検証だ、何事も無ければ攻撃が始まるのは十五時頃のはず。それを確認する手段は持ち合わせていない、だけどこれまで発生してきたバタフライ・エフェクトバタフライ効果から考えれば歴史は既に改ざんされている可能性が高い。
 その結果として、日本全土が攻撃を受けた事を知るのは今日か明日か。
 明日であってくれと心の底では願っていた。
 だがもし、今日このラジオ放送からその情報が発信されるようなことがあった?
 もしも、攻撃を受けるのが沖縄だけじゃなく、ここ本州の東京近辺でもあったら?
 最悪な事態は想定していく物だと僕は考えていた、全方向にアンテナを張り巡らせて事の重大さを見極める。
 さぁ世界よ、答えを見せてくれ。僕に一体何を見せてくれるんだ、僕に一体何をさせようとしているんだ。小さな揺らめきから――ミクロ視点で動いた事柄が大局においてどのように変化していくのか。
 僕を曇らせる何かが一体何なのか、目元とは別に口角が上がって笑みを零すのは一体何なのか。さぁ教えてくれクソッタレな世界。全ての事柄が始まりへと収束するのなら、収束しきれない程悪あがきをしてやる。

 ――さぁ運命、僕と戦争を始めようか掛かってこいブタ野郎、相手になってやる