驚くシュガーを横目に、冷や汗を一つかいたのはカルナックだった。今まで感じていた膨大なフレデリカのエーテル反応が消え、黒く濁ったエーテル反応が突如と出現したのだ。それは彼の人生で何度目かの観測でもある。古龍と対峙した時、フレデリカが異形なる者に姿を変えた時に僅かに感じたあのエーテル反応が、極限にまで増幅されて突如として出現した。そして、数秒遅れてシュガーもその反応を察知する。
「――フレデリカ、なのか」
姿かたちは変わっていない、今までのフレデリカがそこに立っている。だがその異常とも思える発せられるエーテルに二人は信じられない表情をしていた。
信じてしまえば壊れてしまう、信じてしまえばこれまでの戦いが何だったのか否定されてしまう。
一人一人臭いが違うように、エーテルにもまるで同じものは存在しない。
故に、この観測はあり得ないのだ。
コレは一体なんだ?
「っ!? 師匠!」
咄嗟にカルナックがシュガーを突き飛ばした。
巨大な物体は金切り声を上げて動き出し、フレデリカの変貌ぶりに畏怖していた二人に突如として襲い掛かってきた。即座に反応できたカルナックだったが、得体の知れないものの攻撃をまともに受けるわけにはいかなかった。
「カルナック!?」
強く弾き飛ばされたシュガーは二転三転と転がり、額に傷を作りながら起き上がる。同時に目の前の光景に目を疑った。
シュガーを弾き飛ばした反動で、カルナックも横へ飛んでいた。そこへギリギリのタイミングで巨大な拳が空から飛んできて、カルナックの頬をかすめる。
地面に突き刺さった拳は、そのまま大地を揺らし大きな地割れを作った。同時に、結果としてカルナックとシュガーは分断されてしまう。
「コレは素晴らしい、よもや一撃でこれ程の破壊力とは。流石の最強もこれではどうにもなりませんね」
未知なる存在に未知なる巨大な物体、更に周囲を包囲している帝国兵と、カルナック達を嘲笑っているマイク・ガンガゾン。
絶体絶命とはまさにこのことだろう、シュガーは戦いに参加していないとはいえ、二人の精神寒波から身を守るための防御魔術を常に展開していた。故にカルナックが思う以上にエーテルの消費は激しかった。現状二人同時に転移魔術で移動できるほどの力は残されていない。短距離の転移であれば二人同時も可能であるが、この状況。
何より、フレデリカの存在がどうしても気になってならなかった。
「フレデリカ! お主一体何があったのじゃ!」
師による必死の問いかけにフレデリカは眉一つ動かさずにいた、微動だにしないフレデリカからは相変わらず大量のエーテルが放出されている。何処にそれほどまでの力が残されていたのかと思う程、いや、元のエーテル量を考えればあり得ないほどの出力がフレデリカの周りを覆っている。
「お逃げください師匠! そして彼らに伝えなくては! いえ、伝えなければ!」
「それで貴様を置いて行けというのか!」
「全滅するよりマシです! さぁ早く!」
二人のやり取りを楽しそうに聞いていたマイクがゆっくりと動き出す、それと同時に一切動きの無かったフレデリカも併せて動き出した。
「お目覚めですか少佐殿?」
「気付け薬にしては無茶な起こし方をしてくれたな貴様、生命が何故こちらに加担する?」
「今はまだその時ではありません、目の前の面倒毎を片づけてからにしませんか」
「――生命風情が、肩慣らしにもならぬわ」
フレデリカが目線をマイクからカルナックへ向けた、今にも命の灯が消え去りそうなカルナックを見る眼は、まるでゴミを見ているような視線だった。そして。
「――っ!?」
突如としてカルナックの体が吹き飛ばされた。
原因は分からない、フレデリカに何かされた様子も無ければ、マイクもまたただヘラヘラと笑っているだけ。エーテル反応は何も感じられなかった。しかし実際に体は吹き飛ばされていた。
「矮小な存在め、貴様らは二千年前から何も変わっておらん」
「少佐殿、彼は現人類最強の存在でございます。噂に聞くあの時代とは何もかもが違うのでございます」
「知っている、弱体化したとはいえ我を倒した一人なのだからな。それを育て上げたのが貴様だというのもまた奇妙な話だ。そうであろうシュガー?」
横目で呆然としているシュガーを嘲笑っていた。
「馬鹿な――そんな馬鹿なことがあるわけなかろう!」
シュガーは瞬間的に体内のエーテルを暴走させ、超高速の詠唱を三重に重ねた。風、炎、雷、を同時に操り、両手で三つの球体を押し潰して術を完成させる。
大規模範囲殲滅魔法、シュガー最大出力にして最大の攻撃魔術。三つの異なる原子が超高密度に圧縮された結果発せられる超高温のプラズマ、それを解き放ち目の前の巨大な人工物めがけて扇状に広がって大爆発を起こした。
「老いたなシュガー、全盛期の半分も力が出ていないではないか」
マイクと、ルードと呼ばれたフレデリカは無傷のままそこに立っていた。さも退屈そうに、さも暇そうに。かすり傷すら与えられなかった事、現時点での最高出力でなんのダメージも与えられなかったことにシュガーは唇を噛み締めた。
「あり得ない、貴様は……貴様等は――」
そこでシュガーの言葉は途切れた。
巨大なエーテル反応がフレデリカを中心に広がり、ゆっくりと体が浮いた。次第に巨大な人工物の肩に乗ると右手でソレに触れる。
「なるほど、ガラクタか。よくぞ再現したものだ」
フレデリカの周囲に広がっていたエーテル反応は、巨大な人工物の周りを覆う。ゆっくりと動き出したソレは体勢を整えていたカルナック目がけて、頭部から紫色の光を放った。
「なっ!」
防御することも、避けることも不可能な光速の攻撃。神速とまで言われたカルナックですら反応できないその光は――。
カルナックの心臓を貫いた。
「コレが昨日の朝の出来事じゃった、心臓を貫かれたカルナックは即死。その後は帝国兵と一緒に逃げ回り、一瞬のスキを見て転移できた。それだけじゃ」