この星で、最後の愛を語る。

第四十八話 アルファセウス Ⅴ

 マイクが指を鳴らすとどこからともなく、大量の帝国兵が瞬間的にその場に出現した。それはエレメントに干渉する術ではなく、シュガーが扱う魔術に近い。
 咄嗟にシュガーはカルナックの元へと移動する。突如として現れた一個師団にも近い数の帝国兵を相手にすることは、今のカルナックにとっては厳しい状況であると即座に判断した結果だ。

「シュガー・リリック――ああ、アナタは、やはり、どこから見ても、どこまでも、私の知的好奇心を捉えて離さない、実に興味深い存在です。その、まるで宇宙そのものを内包するかのように計り知れないエーテル貯蔵量、我々が束になって挑んでもなお底が見えぬであろう術理への深遠なる洞察、そして、この世界の法則そのものを書き換えるかの如き法術という概念そのものを、こともなげに編み上げてみせたというその頭脳。ええ、まさしく人類の宝、いえ、そのような矮小な尺度では到底測れません。それはもはや生ける神秘、至上の至宝と呼ぶにこそ値するでしょう。二千年の長き時を経て、なおも色褪せることなく第一線で魔術を行使し続け、歴史の影で一体どれほどの事象を操ってきたのですか? アナタという奇跡、その存在の眩暈がするほどの深遠さに、私は心の最も深い場所から、強い、強い尊敬の念を抱いております。それは偽りではありません。ですが、それと同時に、この胸の内で、ああ、どうしようもなく膨れ上がり、まるで毒のように私自身を内側から苛み続けるこの感情は一体何なのでしょう? 認めねばなりません、これは紛れもない嫉妬なのです。燃え盛るような、醜い嫉妬。そして、底なし沼のように深く、どこまでも冷たい憎悪です。あるいは、その超越性故に、我々と同じ地平に立つことすら拒むアナタは、軽蔑すべき対象でもあるのかもしれません。苦しみ、もがき、有限の生に喘ぐ我々凡俗の目の前を、まるで時間の流れから解き放たれたかのように、悠久の時をただ独り歩み続ける生ける伝説っ! その姿は、時に神々しく、時に神秘的ですらあります。致命的な傷ですらアナタの歩みを止められない――世間で囁かれるその噂は、果たして真実なのでしょうか? それとも、アナタが巧妙に世界を欺くために作り上げた、壮大な幻影の一つに過ぎないのでしょうか? ああ、確かめたい! その神秘という名の厚いヴェールに隠された御体を、この手で、私のこの手で解き明かしてみたいのです! 知りたい、理解したい、アナタの全てを! そう、あたかも禁断の聖域に足を踏み入れる罪人のように、恐れと敬虔さをない交ぜにしながら、けれど決して抑えることのできぬ知的好奇心と探求心をもって、アナタを解剖しその白磁のような滑らかな頭蓋を、最新の注意を払い、ミリ単位の狂いもなく、まるで芸術品を扱うかのように丁寧に開かせていただき、微かに震えるこの指で、まだ温かいであろう脳細胞の一つ一つまでも、繰り返し、繰り返し、飽くことなく丹念に解析し神経線維の接続パターン、記憶の断片、思考の痕跡、その全てを記録し、分類し、理解するのです。そしてついに、永い間、絵空事、おとぎ話と一笑に付されてきた伝説の術者の『本懐』そのものを、アナタという完璧な器の中から、最後の一滴までも、完全に抽出させていただきたいのです! それは、もはや科学的探求を超えた、魂の渇望に近いのかもしれません。もし、その探求の結果が、私の意図とは関わりなく、副産物として人類の救済へと繋がるというのであれば、それもまた一興かもしれません。ですが、私の真の、偽らざる渇望は――ああ、この胸を焦がし続ける嫉妬! この骨身に染み渡る憎悪! この畏敬と表裏一体の恐怖! そして、生理的なまでに込み上げる嫌悪! これら全てが私の精神の中で、激しく渦を巻き、渾然一体となり、私の脆い理性を少しずつ、しかし確実に侵し、甘美なる狂気へと誘うのです! アナタの本懐! アナタという存在の根源! それをこの手に収め、完全に理解し、私だけのものとして所有したい! 絶え間なく押し寄せる興奮に柄にもなく滾ってしまう、血液が集まり燃え盛るようにっ! ああ、ああ――! この思考だけで、全身の血が沸騰し、狂おしいほどの悦びに打ち震えてしまう! どうか、どうかアナタの、その『本懐』をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! この私に! 私だけにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 目が血走っていた。
 シュガーへの執着が、何が彼をここまで駆り立てるのか。先程の口ぶりからは想像もできない狂乱にカルナックは咄嗟にシュガーを庇うように前へ出た。

「――狂っている」
「狂っている? それは貴方も同じですよ最強。いえ、アルファセウス自体が、この世が狂っているといっても過言ではないのです。むしろ正常なのは私だという事、私だけがこの世界を救える。私だけが、私だけが私のためだけに私がいるのです!」
「気持ち悪いだけの間違いじゃろう、身の毛がよだつとはこのことよ」

 シュガーのその言葉にマイクは全身の力が抜けたようにだらりと両腕を下げた。

「あぁ――シュガー・リリック、貴方の御尊顔を見れただけで本日は満足であります。ですが、それはそれとして」

 エルメアの胸ポケットから一つ幻聖石を取り出すと、親指で空中に弾いた。

「ダンスパーティーは終わりました、ココからはカーテンコールと行きましょう」

 そうマイクが言うと、突如弾かれた幻聖石が恒星の明るさにも匹敵するほどの光を放った。

「邪魔をするなと言っているマイク!」
「そう言われましても――あぁ、そうですね。そうしましょう」

 一帯が輝きで周りを視認することもできない中、エーテル反応だけを頼りにフレデリカはマイクの肩を右手で掴みながら叫んだ、その表情はきっと険しいものだったに違いない。
 そして、マイクはフレデリカの手を振り払い、腰のポーチから何かを取り出すと、フレデリカの体にソレを叩きつけた。

「私は両名の対応をしますので、少佐はアレ・・の対応をお願いします」
「き――貴様、まさかっ!」

 カルナック達はこの明るさの中何が起きているのか何も分からずにいた、フレデリカの叫び声と、マイクの話声、そして周囲を囲っている帝国兵のざわめきだけが耳に届く。

「師匠、逃げてください」
「馬鹿を言うでない、今の貴様を置いてどこへ行けというのじゃ!」
「聞いてください師匠。それでもです。この事を彼らに伝えなくてはなりません。今の私では、完全に回復したフレデリカの相手はできないでしょう。ならば、まだ消耗しきっていない師匠の転移魔術で一気に飛んでもらうのが一番確率が高い。マイク・ガンガゾンの素性も分からないままです。アレ・・は危険すぎます。何より――」

 カルナックの言葉はそこで切れた。
 同時にシュガーも固唾を飲み、異変を感じ取った方向へ二人同時に顔を向ける。徐々に光が収まり、目の前には見たことも聞いたこともない巨大な人型によく似た何かが立っていた。

「――なんじゃこれは!?」