この星で、最後の愛を語る。

第四十八話 アルファセウス Ⅶ

 話を聞いていたレイは思わず固唾を飲んだ。
 思わず身震いする、それ程の話だった。片腕を失ったとは言えレイ達が束になっても勝てない相手、それがカルナック・コンチェルト。それが最強。
 噂に聞いていたフレデリカ・バーク最恐、これ程とは思いもよらなかった。そしてマイク・ガンガゾンとフレデリカであってフレデリカではない何物か。
 同時に、一年前の出来事を思い出し、さらに絶句する。

 そして違和感に駆られた。
 自分達の師であるカルナックと対峙し、尚その力を凌駕しているフレデリカ・バーク最恐の力の源、古龍の心臓、一角の異形なる姿。それは半年前に遡る記憶の中で、彼の――彼らの謎としてずっと引っかかっていたことだった。

「シュガーさん、教えてください。幻魔一族とは一体なんですか」

 遠回しに聞くこともない、ギルドから上がってくる報告も核心に迫るものはなく、うわさ話や伝承。伝奇に近い何かばかりだ。二千年を生きる大魔術師が目の前にいるのだ。直接聞いたほうが早い。
 しかし、知ってしまえばもう後に引くことはできない。それもまたレイの脳裏をよぎった。

「生命を脅かし、天から舞い降りし異形なる者。絶望をもたらす者、滲みよる混沌、原初の厄災。様々な呼び名はあるが、どれも間違いではなかった」

 シュガーが一度目を閉じて一呼吸入れる。

アレ・・は、人ならざる者。通常の魔術も法術も効かん、その正体は儂にもさっぱりと分からん。じゃが、お主らも知っておるじゃろ。お伽噺として語り継がれたあの対戦を」
「幻魔大戦――」
「そうじゃ、儂らはあの時全てを倒しきれなかった。当時の英雄を犠牲にして封印することが精一杯だったのじゃ。しかし封印も万全ではなかった。漏れ出た奴らの因子が形を形成して龍と成し、三十年前にアルファセウスカルナック達が討伐した古龍がその僅かな力の一部じゃ」

 レイの中で疑念が確信へと徐々に変わっていく、フレデリカ・バーク最恐がその異形なる者となり、カルナック・コンチェルトをも凌駕するエーテル量を持つ存在。文字通り人ならざる者へと変わってしまっていたかつての英雄。

「確か、古龍は一匹だけまだ未討伐だと聞きましたが」
「正確には討伐できなかったが正しいじゃろうな、奴は何も話さなんだか?」

 古龍討伐の話は世界中に知れ渡っている、その異形を称えあの三人はアルファセウスと呼ばれるようになった。彼らの話は次第に強さを求める対象の生きる語り部となっている。
 そして、三十年間最後の古龍は未だ見つかっていない。

「中央大陸を両断するルーデルス連峰の麓、巨人の爪痕ケープ・バレーでの闘いの最中、最後の古龍はあの谷底に落ちて行った。それ以降消息不明となっておる」
「あの谷の底……」
「あそこはどの程度の深さがあるか分からん、故に全域を捜索することは叶わなかった。生死も分かっておらんから未討伐になっているのじゃが、十中八九生きてはおらぬだろう。ルーデルス連峰が丸々収まってしまう程の深さを誇る谷じゃ。ダメージを負った上に落下の衝撃じゃ」

 そこまで話をしてシュガーはため息をついた。最後の一匹を逃したかもしれないという事実が未だに彼女を悩ませているのは、レイから見ても容易に分かった。

「古龍にはそれぞれ識別するための名前が付けられていた、俗に言うネームドというものじゃ。ルードは東の地にてカルナック達によって討伐、未討伐に終わったアレの名前は――」

 瞬間だった、背筋が凍る感覚と同時にレイの脳裏に焼き付いて離れなかった名前が、その存在が浮かび上がる。

 ”私は幻魔一族の『エルビー』、ちゃんと覚えておいてね坊や達”

「「エルビー」」

 シュガーとレイは同時にその名前を発した。
 驚いたのはシュガーだった、古龍の名前はそれほど知れ渡っているわけではない。ましてやカルナックがその名前を弟子たちに教えた様子も感じ取れなかった。

「小僧、何故その名前を知っておる」
「半年前、僕達が倒した幻魔一族の名前です」
「倒したじゃと?」

 そう、あの時確かにあの異形なる存在を倒した。
 間違いなく倒した、それはその場にいた者全員が確認している事だ。故に胸騒ぎが止まらないのはなぜだろうか。それがレイにとっての恐怖へと変わる。

「――先生は、本当に死んだのでしょうか」
「否定したくなる気持ちは分るがな小僧、目の前で心臓を貫かれたのじゃ。あやつとて人間じゃ、急所を潰されて死なないほうがおかしい」

 その言葉に、涙が溢れた。
 グっと我慢してきた涙腺が、限界を超えて涙があふれる。頬を伝わる雫は蒸気機関アクセルの木材に落ちては、ゆっくりと染み込んでいく。
 レイにとって、カルナックは育ての親であり、また自分をここまで強くしてくれた師匠でもあり、本当の親として、尊敬し、愛していた。
 それはアデルにとっても同じだった。話の途中から起きていたアデルは、横たわったまま、自分の師に何が起きたのか、そしてその最後がどうなったのかを聞き届けていた。声は出さない。拳も握らない。怒鳴ることさえしなかった。ただ静かに、受け入れがたい真実だけを胸の奥へ沈めていた。言葉を発することもなく、静かに、ただ静かにシュガーの話を聞いていた。反発することなく、気が付いたことも察せられないように、ただただ静かにその話を、ゆっくりと聞いていた。語られる話は絶望と悲しみの縁を歩くようで、受け入れがたい真実。

 故に、信憑性が高かった。

 そして同時に、アデルの瞳からも、涙が零れて、その綺麗な黒髪をゆっくりと濡らしていた。

 第四章 永久機関・オートマタ END