この星で、最後の愛を語る。

第四十六話 呪縛 Ⅱ

「では問おうか、貴様らはアレ・・で一体何をするつもりじゃ」

 シュガーが冷静な目でグラブを見つめていた。対して変わらず血走った目で興奮が冷めない彼は意気揚々と口を開く。

「先ずはジグレッドの完全なる支配、そしてそこから南下しリトル・グリーン迄進行っ!西大陸を俺達帝国が確実に頂くっ!」

 やっと口にしたその内容にシュガーは呆れて天を仰ぐ。
 溜息も混じらせて首を横に振るとグラブの元へと歩き右手を当てる。

「馬鹿な男じゃな、お主達が何をしようとしていたのか――いや、今何が起きているのかを全く持って理解しておらぬ」
「何をぬかすかババア!」
「ババアは余計じゃ小僧、見てみるがいい、お主が言う所の「完全なる平和」と言う物が一体何かを」

 するとグラブの下に術式が展開される。ゆっくりと光り始めると次第にグラブを包み込んでいった。

「何だ、何をしてんだテメェ!」
「よーく見るんじゃな、儂が見て来たジグレッド東部で起きた惨状を――」

 ゆっくりとグラブの視界は遠のいていき次第には真っ黒になっていった。意識を失ったかのようにも思える。瞳から光は消え開いたまま気絶していった。

 真っ暗な空間にグラブは一人で立っていた、周囲は何も無くただ暗闇が広がっている様な感覚がグラブを襲う。それに恐怖するのか安堵するのか、グラブにとってはどちらでもない不思議な空間だった。

 次第に空間が白く輝き始めると見慣れた光景が広がってきた。ジグレッド東部にある帝国の研究拠点だった。そこで暴れている少女が一人、きっとシュガーだ。

 シュガーはありとあらゆる方法でガーディアンの行動を止めようとしているようにも見えた、雷撃魔術や凍結魔術と言った行動不能系の魔術式を惜しみなく使っている。ガーディアンはそれらを諸共せずにゆっくりと前へ前へと進み始める。

「どうだ、これこそが俺達が作り出した蒼き技術の結晶だっ! 俺は何も間違っていない、これさえあれば……これさえ……あれば?」

 目の前に広がる光景に、グラブは高揚して声を上げた。だが、その声は途中で萎んでいく。何かがおかしい。勝利の光景であるはずなのに、胸の奥に冷たい違和感が広がっていった。シュガーの後ろに居るのは帝国兵と帝国の研究者達、そしてガーディアンを操っている人物――フレデリカ・バーク最恐の姿がそこには有った。

「何してるんだ、何故味方を攻撃してる? 何故あの婆さんは俺達を助けてる?」

 視界に広がった光景が信じられずに両腕を抱えて膝をついた。

 笑っていた、あの最恐は笑っていた。
 微笑み、あざけ笑い、目の前で広がる味方殺しをさぞ楽しそうに見ていた。

 そう、笑っていたのだ。

「何故だ、何故平和の為に作られた青き技術で無意味な殺戮を行う」

 思わず目を背けたくなる、しかし目線を動かした先にもまた同じ映像が流れる。見せられる恐怖、知らなかった真実、狂気と恐怖が支配したその映像に今度は目が釘付けになった。

 そして――壊れる。

「何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だっ!」

 楽しそうに笑っていたのだ、狂気に染まったその現場であの女は声高らかに笑っていた。逃げ惑う帝国兵、銃火器で攻撃されればシュガーが氷結魔術で防御し雷撃魔術で攻撃を行うが一向にダメージを与えている気配はない。左肩に乗っているフレデリカ・バーク最恐にも攻撃は届かず障壁によってガードされている。

 絶望的な状況だった。

 既に満身創痍に近いシュガーもそう長くは持たないであろう。そう感じられる戦いだった。いや、戦いではもはや無い。これは――。

「虐殺だ」

 シュガーの声が聞こえた。

「――俺は、何を見せられてる」
「事実じゃ、儂に深手を負わせたあのガーディアンとの戦闘シーンじゃよ小僧。貴様の言う平和とはコレの事か、貴様の言う完全なる平和とはコレの事か、貴様が求めていた物は――」
「違うっ!」

 そこで映像が消えた。

 全身を震わせて目の前で映し出された映像に混乱しているグラブにシュガーは首を振った。

「お主達が崇めていたものはこれじゃ、コレが本当に平和へと繋がるというのなら何故味方を攻撃していたのか説明が付かぬ。お主の信仰していた青き技術の行きついた先がこれじゃ、お主達が蘇らせたのは救世主でも何でもない、ただの破壊神じゃっ!」
「違う……違う違う違う!」
「何が違う! 貴様等帝国が作り出したものは味方を……お主達の敵を攻撃するのではなく優先して味方を攻撃しておったのじゃ! 最早戦争が終る云々の話ではない。この世界が終わると言っているのじゃぞ馬鹿者が!」
「そうじゃない……俺達は、俺達は初代皇帝の意志をついで真の世界平和を――」
「大馬鹿者がっ!」

 膝をついて俯いていたグラブの髪の毛を掴んで顔を上げる、そしてもう一度同じ映像を見せてその瞳に刻み込ませる。

「止めろ……俺に見せるな、ソレを俺に見せるなっ!」
「逃げるな小僧! これがお主達の平和なのじゃろう。これがお主が信じ、守ろうとしたものの結果じゃ。目を逸らすな、貴様等が蘇らせたものを最後まで見届けよ!」
「違うそうじゃない! 俺は……俺達――」

 そこで再び真っ暗な空間へと切り替わった。髪の毛を掴んでいたシュガーの姿も無い。ただ、ただ一人っきりの空間になっていた。

「俺は……俺は……あぁ――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 大粒の涙が流れていた、頬を伝わり跪いているズボンにポタポタと流れ落ちていく。精神が壊れたのか、はたまた正気に戻ったのか現段階では分からない。いや――もうそんな次元では無い事をシュガーは確信していた。これは一種の呪縛、強迫観念にも近い精神支配の結果が今のグラブである。解き放たれた精神呪縛から本来の彼に戻る為の時間が掛かる、暫くは廃人同様だろうが一時間も経てば正気に戻るだろう。
 そう確信を得たシュガーは術式を解いていった。

「――っ」

 隣の車両で気絶していたレイがゆっくりと目を覚ましていた、つい数時間前まで眺めていた蒸気機関アクセルの天井をその目でしっかりと見た。

「レイっ!」

 最初に気付いたのはミトだった、膝の上で微かにレイが動いたのを感じたミトは顔を下げた。

「ミト?」
「良かった、気付いたんだね」

 ミトの瞳から涙がゆっくりと流れてレイの頬に落ちた。

「ごめん、無茶しちゃった」
「ほんとだよ馬鹿……心配しちゃったじゃない」

 ゆっくり体を起こして周囲を確認する、少し離れた所でアデルとミラが立ち話をしていて蒸気機関アクセルは順調に先に進んでいるかのようにレイの目には見えた。

「気付いたかレイ」

 二人の声が微かに聞こえたアデルは振り返りレイの姿を見た、全身ボロボロで自慢の一張羅も無残な状態だった。それ程の激闘だったのだろう、いや、死闘と見て差し支えない。気を失って居る時から理解していたが改めてレイの表情を見てソレを悟っていた。

「アデル達も無事だったんだ」
「無事なもんか、こっちもコテンパンにやられたよ――マイク・ガンガゾンにな」
「――マイク」

 アデルは何が起きたのかを詳しく話した。
 ダル・ホンビードとの激闘、マイクがタイミングよく姿を現した事を、そして……惨敗した事を。
 勝ち目何て端から無かったのかも知れない、まだ出会うべきでは無かったのかも知れないあの怪物の話をレイはしっかりと聞いていた。

「まさかアデルが一発で沈むなんて信じられない」
「信じたくねぇのは俺も同じだ、でも事実それは変わらねぇ。アレは本物の化物かもしれねぇぞレイ」

 アデルが座って煙草を吸っていた。
 滅多に吸わないレイも一本貰って煙を肺に入れ、二酸化炭素と共に外に吐き出した。

「ボクもビックリしたんだから、遠目で見ていたらアデルが倒されちゃって……直ぐに助けなくちゃって思ったら背後にマイクが居て、軽いパニックになったよ」
「ミラの言う通りなら途轍もない移動速度よね、法術の類だとは思うけど何をしてるのかさっぱり分からない。貴方達何か思い当たる節は無いの?」

 アデルとレイの両名がタバコを吸っているのもあって煙たそうにしているミトとミラ。上記でも述べたが滅多にタバコなんて吸う事の無いレイがやっている姿にアデルも違和感を覚えていた。

「思い当たる節と言うか、マイクが現れた時なんだが――ほんの一瞬、それも瞬きする位の時間だと思うんだけど大気が重くなったんだ。何て言えばいいのかな、雨が降る前みたいな」

 その話を聞いてレイが俯いていた顔をスッと上げた、目を見開いてアデルを見える。

「常人では成せない移動速度、雨が降る前の様な大気の重さ――雷雲」

 アデルもそこまで聞いてハッとする。

「おいおいおい、お前一体何を言おうとしてるんだ」
「グラブもダルもそうだった、二人共剣聖結界インストールを使えた事を考えればやっぱり合致が行く。マイクはやっぱり――」
雷光剣聖結界ライジング・インストールじゃろうな」

 気が付けばシュガーがアデルの後ろに居た、左手でグラブの首根っこを掴んで引きずってこちらの車両へと戻ってきていた。

「シュガーさん!」
「気付いたようじゃな小僧、体は大丈夫か?」
「はい、ミトのおかげで何とか」
「そうかそうか、だが術――いや、話を戻そうかのぉ。お主等の言う通りあのイケすけないガキは雷光剣聖結界ライジング・インストールを使いこなしていたわ」
「やはりそうですか、そうなると厄介ですね。剣聖結界インストールの中でも際立って速度が強化されるのが雷光剣聖結界ライジング・インストールです、速度には自信が有りますが先生が使って居る時ですら目で追えません。同等の速度が出ているかどうかは疑問ですが……ですが、話を聞く限りじゃそれと同等かそれ以上かと思います」
「そうじゃな、速度だけならあの馬鹿より早いじゃろうて」

 絶望的な内容をシュガーの口からきいたレイ達は落胆する。そんな相手にどう立ち向かえば良いのか全く分からなくなってしまっていた。

「何じゃ何じゃ揃いも揃って、彼方側てき剣聖結界インストールの使い手が何人残ってると思っておるのじゃ。強力な術じゃがその分反動も大きいのがアレじゃろう。残るは精々マイクただ一人――いや、あのフレデリカ・バーク最恐とか言うのも居ったか」

 俯いていたレイがもう一度顔を上げる、同時に居るはずの人が居ない事に今更ながら気づき冷たい汗を流した。

「――先生は、先生はどうしたんですか」

 その一言にアデルも顔を上げて後ろを振り返る。
 シュガーの顔は少し引きつったように、少し苦みを含んだように、そして落胆したように。

「――死んだよ、儂らは負けたんじゃ」