この星で、最後の愛を語る。

第三十六話 オール・フェイカー Ⅰ

「誰だっ!」

 咄嗟に反応したアデルが即座に窓へと走った。外に立っていた男は、灰色のエルメアを纏っていた。ズボンのポケットに手を突っ込み、煙草を咥えたまま、まるで散歩の途中にでも立ち寄ったような顔をしている。見る限り武器は所持していない。だが、その軽薄な態度とは裏腹に、彼の背後には帝国という巨大な影が確かに見えていた。

「灰色のエルメア……大尉クラスですね?」
「流石は元帝国兵、よく知ってるじゃねぇか先輩よぉ」

 ドアを開けてゆっくりと外に出るカルナックが目の前の青年を見てそう言った、不敵な笑みをこぼす青年は左手でタバコを口から離し、指ではじいて捨てた。

「吸い殻は灰皿へ捨てて欲しいものですね、掃除するのは意外と面倒なのですよ?」
「まぁまぁ固いことは言いっこなしだぜ剣老院せんぱい? 今日の俺はメッセンジャー、アンタらとやり合うつもりは無い。何よりここは完全中立地帯だ、アンタと帝国が半年前に定めた不可侵領域だしな。俺も皇帝に危害が及ぶのは不本意なのでね」

 そう言うと胸ポケットからもう一本煙草を取り出しては法術で火をつける。

「自己紹介が遅れたな、俺はグラブ、「グラブ・ジキナ」だ。階級は大尉」
「それで、グラブさんは何を伝えにここまでやってきたのですかな?」

 カルナックが穏やかな顔をしつつも眉一つ動かさない目の前のグラブに殺意を向ける。右手を失ったと言えどその力、今はまだレイを遥かに凌ぐ強さである。敵一人くらいその場で即座に仕留めることができる。
 だがこの男の言う通りこの領域ではいかなる理由を持っても帝国との戦闘を行わない、それがカルナックと先代皇帝との取り決めがある。

「そう殺気を出すなよ先輩、アンタとまともにやり合えるのは帝国にたった一人なんだ。俺みたいな雑魚下っ端を威嚇しないで欲しいね。――一度だけしか言わねぇ、良く聞きな剣老院」

 ゆっくりとタバコを吸うと目をつむって数秒の沈黙を置いた。その間にレイ達も庭へと走って出てきた。それを確認したかのように正面を向いて。

「その前に、お前らとの決着は西大陸になりそうだ、遅刻せずに来いよテメェら?」
「西大陸だと……お前ら西にまで手を出すつもりか!」

 アデルがグルブエレスを引き抜きグラブに襲い掛かろうとしたがカルナックによって止められる。首を横に振りながらアデルを制止した。

「貴方達は現在メリアタウンでライン戦をしている最中でしょう、そこをほっといて西大陸にまで手を伸ばせばラインが崩壊して一気に崩れる。そんな余裕が今の帝国にあると思ってるのか」

 一番前にいるレイが怪訝そうな顔でそう言った、その言葉を聞いた瞬間グラブが静かに笑い始め、次第に大声になり大きく笑った。

「何がおかしい!」
「いやいや、めでたい奴らだと思ってな。まぁそのうち分かるさ。さて本題だ剣老院」

 ゆっくりと笑うのを止めてカルナックを静かに見つめた。この二人の間に緊張が走り、空気がざわつき始める。

「右腕を失ったアンタに、私が倒せるかしら? 久しぶりの再会になるのなら楽しみに待ってるわ」

 その言葉にカルナックの殺気が一段と増した、同時に周囲のエレメントがざわつき始める。ここまでカルナックの感情が揺さぶられるのも久しい。半年前にエレヴァファルと対峙した時以来だ。

「――わかりました、彼女・・にお伝えください。タダでは死にません。と」
「承った、その言葉しかと伝える。用件は以上だ、俺は帰るぜ」

 もう一度同じようにして煙草を庭に捨てると振り返りカルナック達へと背を向けた。そしてそのまま歩き森の中へと姿を消した。

「レイ君、私は一足先に西大陸へと渡ります。君達はメリアタウンへと戻りなさい。出来る限り早く」
「一体誰なんですか先生、伝言から察するに知り合いにも聞こえましたけど」
「――アルファセウス最後の一角」

カルナックは一度、静かに息を吐いた。

「フレデリカ・バークです」

 聞き覚えがあった、かつて修業時代に聞いた名前。
 名を聞いた瞬間レイとアデルは全身の毛が逆立つような錯覚を覚えた、それ程恐ろしい名前であり、教え込まれてきた事だった。

「最恐――フレデリカ、ついに出てきたか」

 ガズルもまた同じように固唾をのむ、噂でしか聞いた事の無いその名前。姿を見た物は帝国外部では唯一カルナックだけであり、その力はエレヴァファルを凌ぎカルナックと同格とも噂された。

「彼女が出てきてしまった以上私が動かないわけには行きません、先に西大陸へと移ります。海上商業組合ギルドにもそうお伝えください」
「しかし先生、右腕が無い今先生に勝算はあるのですか?」

 心配そうにレイが尋ねる、するとにっこりと笑って後ろを振り返るカルナック。そこには不敵に笑うシュガーの姿があった。

「大丈夫です、御師様と私なら彼女を止められます。君達が出会う前に彼女を止めて見せます。だから今はメリアタウンのライン戦を何としてでも防いでください。御師様支度をして下さい」

 フレデリカ・バーク、二つ名を最恐という。
 カルナックやエレヴァファル同様「最」の称号を持つアルファセウス最後の一角。曰く出会ってはいけない。曰く見てはいけない。曰くその名を口にしてはいけない。かつてアルファセウスの中でもその戦闘能力はカルナックと肩を並べる程の強さを誇り、単純な殺傷力はエレヴァファルを遥かに凌ぐと言われている。
 かつて四竜と呼ばれる災厄と立ち向かった時も二竜を倒したと言われる存在であり、帝国に魂を売った後もその力は衰えるどころか増強されているとも言われる。
 彼女と対峙した者は生存せず、見た者は恐怖におびえ、名を口にすればすぐ傍に現れると言う逸話さえある。

 故に最恐。

「分かりました、必ず追い付きます。先生達も決して無理をしないでください」
「無理して勝てるなら簡単なのですよレイ君、出来る事なら私も再び会いたくは無かったです。ましてやこの状態でしたら私単独では無謀というものです」
「――かならず追いつきます」

 不安そうなレイの顔を見たカルナックは左手で頭を撫でた。愛する弟子をこれ以上危険に晒したくないと言うその表情。横顔だけでもそれを伺ったアデルもまた不安に駆られていた。

「おやっさん、次は左腕が無くなるかもな。そしたら介護するぜ」
「君と言う子は全く、安心してください。その時はアリスに介護してもらいますよ」

 憎まれ口を言いながらも世界最強の勝利を信じてそう告げた。