三十年前、世界が幾多の分岐点に交わった年がここだ。
スティンツァ帝国でクーデターが起こり、現在の皇帝へと代替わりした時代の裏に三人の少年たちが偉業を成し遂げていた。
中央大陸と東大陸で暴れまわっていた当時の厄災、古龍と呼称され恐れられた二千年前の怪物が目を覚ました。
魔族によって海底に封印されていた六匹の龍種、長期にわたる封印術式は一つのほころびから連鎖を起こし、結果として全ての封印が崩壊した。
再び封印を施す程の術者は既に存在しておらず、たった一人を除いて全てが星へと還っていた。当時の術者の最後の生き残り、魔族としては齢二千百を数える一人の少女。名をシュガーと言う。
悠久に等しい時間を過ぎてきた彼女、当時の技術では討伐することが困難であった為封印を施した古龍。しかし二千年の時は生命に生きるための術を見出していた。
魔術も精度が向上し、より威力を高める為の研究も種の特性を生かして長年研究されてきた。殺傷力、術への理解度、制御力。そして原理。
法術は魔術の原理を応用して考案された技術であることは以前述べている。
元来、個体に備わっているエーテル量とは種族によって千差万別であるが故に同族でも得手不得手が存在していた。それを最小限の出力によって補うことを是とした技術が法術であった。
シュガーは考えた。
法術が今ほど歴史上発達する時代の前に遡る。
未来、遠い未来か近未来かは問題ではなく、いつの日かやってくるその日のために戦力は多い方が良い。術が使える使えないでその戦力は大なり小なり変わってくる将来がやってくるはずだと。それは間違っていなかった。
法術の普及に務めたシュガーは己の間違いに気がつくのにそう時間はかからなかった。
千年前、炎の厄災が誕生するその瞬間迄彼女は気がつくことができなかった。それを過ちと言うのであれば幾分か誇張しすぎた話ではあるが……。
行き過ぎた力は破滅を呼ぶ。
イゴールの暴走で活気づいたエレメントを大量に摂取しようとするものがその中にいた、それが人なのか魔なのか。
いや、それ以外だった。
初めて観測したその異質なエーテルをシュガーは忘れることは無かった。
それはある種の恐怖にも近かった。
どす黒く、濁りに濁った不快感。憎悪を煮詰めればこのようになるのかとシュガーはその時感じていた。
時間にしてものの数秒、突如として現れたソレは瞬く間に存在感を消していった。
イゴールの暴走で賑わう大気中のエレメントがざわつき始めたと思ったのも束の間、周囲は一気に静まり返っていた。
そう、二千年前に封印された古龍と近いエーテルにシュガーは恐怖したのだ。
その異質がシュガーの中で違和感として残り続け、古龍の封印が徐々に弱まり始めると確信へと変わる。
そして三十年前。古龍に対抗するべく育て上げたのが戦争孤児だった彼ら三人の少年。
言うなればシュガー謹製の法術戦士。魔女のしもべ、救世の子供達。
様々な二つ名が付けられた彼らは、ついに歴史の表舞台へと舞い降りることになる。その圧倒的な存在感に、世界は賞賛と畏怖を込めて彼らをこう呼んだ。
アルファセウスと
エレヴァファル・アグレメント
法術による肉体強化を得意とした重戦士だった。
常に限界ギリギリ迄強化に務めた彼は、その破壊対象が壊れるまで止まることを知らない。時には理性を飛ばし敵味方関係なく襲い掛かるその姿はまさに狂戦士。
曰く、最狂
カルナック・コンチェルト
三人の中では頭一つ抜けていたその戦闘能力。古の時代より片手で数えるほどしかいないだろうその才能はシュガーの弟子で見ても異常な存在だった。暴走したエレヴァファル・アグレメントを止めることが出来た唯一の存在であり、古龍討伐では彼が居なければ達成することが出来なかったであろう最たる貢献者。
曰く、最強
フレデリカ・バーク
紅一点。彼らの中で最も法術の制御に長けた法術兵。精密な制御によって法術の威力を何倍にも増幅させることができた彼女は、やがて法術の申し子と呼ばれるようになった。美しい才能だった。だからこそ、その才能がどこへ向かうのかを、誰も止められなかった。
シュガーの知識を余すことなく学習し、その研究論文を自分なりの解釈で読み解いていた。その咀嚼力、学習能力、記憶能力、演算能力は時として人のソレを遥に凌駕するのではないか。幼い彼女を見ながらシュガーは恐怖していた。
そして同時に畏怖する。
その方向性が、彼女の預かり知らぬ方向へと進めるのであれば、フレデリカ・バークは一体どうなってしまうのだろう、と。
故に最恐――。
それが現実へと昇華するまでそう時間はかからなかったと後にシュガーは語っていた。
自分の弟子が、守るべき筈の生命を脅かす存在として認知されるようになって幾年。巷では散々な言われ方をしていたのを彼女もまた知っていた。聞くに堪えないその不名誉を、自分が育て上げた類稀にみるその弟子の名前を。
曰く、出会ってはいけない。
フレデリカ・バークからあふれ出る瘴気にも似たエーテルを前に正気を保っていられないからだ。
曰く、見てはいけない。
フレデリカ・バークの瞳を見たものは、骨の髄から凍り付くほどの恐怖を覚え、時には錯乱してしまうからだ。
曰く、その名を口にしてはいけない。
名前とは元来、呪術に用いられた歴史がある。その名前を呼べば因果律が付きまとい、因果律は確実にその者の生命を奪うものとされていた。
曰く、フレデリカ・バーク――と。