この星で、最後の愛を語る。

第三十九話 西大陸へ

 第四章 永久機関・オートマタ

 歴史上、西大陸が表舞台に立つ事は何度かあった。
 語り継がれたお伽噺「幻魔大戦物語げんまたいせんものがたり」の舞台であり、千年前に起きた炎の厄災。イゴール・バスカヴィルが引き起こした魔力暴走エーテル・バーストによって作られた巨大クレーター。その他にも細かい物を含めれば戦争だ内戦だとそれなりの数はある。

 その内、戦争や内戦と言った人が引き起こした出来事は全て帝国絡みであった。二千年前に創設された帝国は今の形とは異なり、きちんとした国家運営をしていたと魔族の生き残りは語る。
 実際に今の帝国の様になったのは千年ほど前に遡る。当時の皇帝「リディール・アバランチカ」からと言われており、その後の歴代皇帝はどれもこれも恐怖政治を敷いていた。

 しかし疑問も残る。
 歴代皇帝の中には恐怖政治に耐えきれずクーデターを引き起こしたものも居たという。そして当時の皇帝を失脚させ圧制を敷いていた帝国を再建させようと、その力を振るった者も数年後には元の鞘に収まるかの如く恐怖政治、圧制へと戻っている。
 この事は海上商業組合にも文献として残っている事実であり、この事を調査しようとして帝国へと潜入させた事もあった。しかし、誰一人としてソレらは戻ってくることは無かった。

 この千年の間に、同じようなクーデターは合計十回起きている。つまり百年に一度、皇帝は倒され、血筋は入れ替わる。にもかかわらず、帝国は必ず元の鞘に戻るように恐怖政治へと回帰していた。

「それじゃぁ、スティンツァ帝国の皇族はとっくの昔に血が途絶えてるのか?」
「文献によるとそうなります。初代皇帝のリディール・アバランチカの血筋は千年ほど前に途絶え、その後は別の血筋が支え、クーデターが起こるとまた違う血筋へと変わっています。現皇帝「マッド・ガルボ」は三十年前に起こったクーデターによって変わったばかりです」
「百年に一度起こるクーデターねぇ、どう思うよガズル」

 黒いエルメア(注意:帝国軍服の事)を着た少年がメガネを掛け、ニット帽をすっぽりと頭に被っている少年に問う。

「俺に聞くなよアデル、そもそも俺だって帝国の内部事情については詳しくねぇんだ。ギズーお前はどうよ」

 ガズルと呼ばれた少年が次に声を掛けたのは椅子にふんぞり返ってシフトパーソル(注意:銃火器の名称、シフトパーソルは片手銃を意味する)を整備している少年に尋ねた。

「俺だって知らん、こういうのは昔本の虫だったレイの方が詳しいだろ」

 代わる代わる質問が飛び交い、最終的に行きついたのがこの少年。
 英雄を意味する二つ名剣聖を持ち、彼等のリーダーである青髪の少年、名をレイ・フォワードと言う。まさかこのタイミングで話題を振られるとは思って居なかった彼はキョトンとして周囲を見渡した。

「なんでこっちに振るかな、僕だって分からないよ。でも確かに不思議だよね、圧制に耐え切れなくなってクーデターが起こって皇帝が変わっても、気が付けば同じような感じになるんでしょ? むしろその辺り詳しくは書いてないんですかクリスさん」

 返答に困ったレイが正面に座る青年へと尋ねた。海上商業組合で情報を管理する七議席の一人であり、現帝国の打倒に燃える青年。名をクリス・バンエルロードディアと言う。

「私がそれを知ってたら君達のこんな問いはしなかったよ。ガズル君とギズー君ならもしかしたら何か知ってるかもって思った位だからね、私も正直そこまでは知らないんだ」

 優しい目でそう答えた。

 要塞都市メリアタウン攻城戦から一ヵ月と二週間、レイ率いるFOS軍はメリアタウンから南南東に位置するグリーンズグリーンから海上商業組合の船に乗って西大陸へと足を進めていた。後一週間程度で西大陸へと到着すると言ったところで彼等は今後の動きを纏めようと一室に集まっていた。
 海上商業組合の情報網によってメリアタウンを脱出したプリムラ達は現在西大陸の南東部に位置する街にいると分かっている。そこに向かい彼女達を回収した後の事を決めようとしていた。

「それにしてもよ、プリムラ達はどうやって西大陸に渡ったんだ? 俺達もあの後急いで動いたけどここまで一ヵ月と二週間だ。たったの二日でどうやって戦場になったあの場所から移動したんだ?」

 アデルがタバコを吹かしながら椅子に寄りかかって天井を見上げた。確かに不思議ではある、プリムラ達は非戦闘員で法術も使えない。彼等とは根本的に違うのだ。

「多分だが西の蒸気機関だろうな、メリアタウンにも数台は有ったし「クレッセント」迄行けば地下のトンネルにも大量に人を乗せられる「蒸気列車」がある。ソレに乗って逃げたんだろう」
「それを使ったって確証は?」
「クレッセントの地下街に行ったときにそのポートが爆破されて通ることが出来なかったろ? 船以外で西に渡るとしたらあそこ以外ねぇんだ。つまり追っ手を警戒して唯一の通路を封鎖した」
「あぁ、それで通れなかったのか」

 ガズルの説明にアデルが納得した表情で立ち上がった。一同はそれを見てため息を付く。

「あのなぁ、お前の頭で一を聞いて十を知れってのは無理なのは承知してるけどよ。せめて五を知ったら残りは理解してくれ」
「悪かったな馬鹿で――」

 現在西と中央を繋ぐ旅路は最南端の街グリーンズグリーンから出る定期船以外はガズルの言う蒸気機関による列車しかなかった。その道が途絶えていた事を考えれば遠回りになるが船での航路しかない。
 その航路もメリアタウンから一ヵ月と一週間は掛かる道のり、全てにおいて後手後手に回っている彼等の苛立ちは仕方ないのかもしれない。そして何より心配なのが彼等の仲間の安否である。

「それでレイ、あと少しで西大陸に到着するけどどうするんだ? 宛てもなくアイツら探すのか?」
「その事なんだけど、帝国も独自のルートで西に渡ってるだろうから大きな街じゃ戦闘は避けられないと思うんだ。でも大きな街だからこそ情報収集も出来るんだけど……取り敢えずは反帝国を掲げてる南部を中心に回ろうと思う。プリムラ達も居るとしたらそこだろうしね」

 西大陸の情勢について彼等も然程詳しくはない。実質的には帝国の支配下にある西大陸だが北東部が現在帝国領に当る。そこ以外は西の技術力が帝国を上回り反発している状況だった。そこまでは彼等でも分かっている範囲だ。

「現在西大陸は北東部の産業都市ジグレッド以外はまだ帝国の手が及んでいません。ですが今回投入されている帝国の兵力とフレデリカ・バーク最恐の存在がキーになっています。恐らくジグレッドを拠点に西大陸の制圧が行われると思われます。今私達が向かっている場所は海上商業組合の西支部がある港町「リトル・グリーン」になりますが、クレッセントから直通でレールが敷かれていた「カルバリアント」迄は馬で三日程掛かります、皆さんの仲間が逃げるとしたらリトル・グリーンだと思うのですが……」

 クリスは西支部より受けた伝報に視線を落とした。何度確認しても、避難民のリストにプリムラ達の名前はない。

「まだ避難情報は無いんだな?」
「えぇ、残念ながら」

 アデルがクリスを睨みつけながらそう吐き捨てた。

 西大陸、別名魔大陸と呼ばれ早二千年。
 人とは違うエーテル機構を備え、貯蔵量も人とは一線を越える種族であり法術の元となる「魔術」を操る。外見は人と全く変わらない為に一見判断しにくい。しかしエーテル感知ができる法術士であれば人族か魔族かの区別は容易い。
 大陸間の技術レベルには約五百年程差があると言われている。高度な技術を持つ魔族達と共に生き抜いてきた人族は互いに技術を提供し合っている。そして完成させたのが例の蒸気機関であった。
 水蒸気を動力源に動く機械のソレは法術や魔術にも引けを取らない運動量を作り出すことに成功した。その一つが蒸気機関車アクセルである。

蒸気機関車アクセルが発明されて五十年、これに勝る超移動距離貨物は未だ存在しない」

 人なら百数人、物量は数トン単位まで乗せる事も可能で持続距離は数百キロと言われている。従来のエーテルを利用した貨物列車は術師が交代しながら十数キロを移動する事が出来るのに対しコレだ。革命であったと言わざる得ない。だが同時に大きな問題も抱えていた。

蒸気機関車アクセルを作るのに必要な鉱石や炉に使われる特殊な金属は中央大陸にしか発見されておらず、量産することが叶わない状況がこの四十年続いていた。それらを解消する方法として海上商業組合との同盟に参加することで問題は解決することが出来た」

 コレが十年程前、ごく最近の話である。故に普及に時間が掛かり人でも足りない所に帝国との戦争が勃発してしまった。産業都市ジグレッドが帝国に落ちて以来重機や蒸気機関はすぐさま帝国へと搬送される事になった。これには海上商業組合も黙っては居なかった。

蒸気機関車アクセルを量産させる為に手を組んだ西と海上商業組合は面白くないわね、そして勿論この事態を重く見た東も」

 その速報は東大陸にまで流れていた。
 海上商業組合と長年同盟関係にあったケルヴィン領主もまたこの事態に憤怒していた。この事件を切っ掛けに西大陸、中央大陸南部の海上商業組合、東大陸のケルヴィン領主の三同盟が結成され帝国に宣戦布告を行った。この世界大戦はまだ始まってそう長くは無いのだ。

「――あれ、でも帝国の圧制は中央大陸以外にも広がっていたんじゃなかったの?」

 先程から船室の一角にある本を読んでいたミトが首を傾げる。その声に反応したのがレイだった。

「元々帝国とは反発し合う間柄だった二カ国と海上商業組合だったんだけど、戦争って程の戦闘は起きていなかったらしいんだ。でも蒸気機関車アクセルが奪取された事を皮切りに三勢力が一度に宣戦布告をして今の戦争が起きた。それでも海上商業組合は布告したけど戦う力はほぼ無くて即時降伏、だから今回こちら側に付いてるのは離反みたいなもんなんだ」
「戦う力が無いのによく宣戦布告したね」
「それほど当時は上層部の頭に血が上っていたんだと思うよ。今考えると一番先に攻め落とされるのは物資を抱えてる海上商業組合だからね。補給線を断つのは基本中の基本だって先生が言ってたよ」

 霊剣の手入れをしながらミトの質問に答えているのはレイだ、刃こぼれ一つしない大剣をじっくりと観察し、曇りを丁寧に取り除いている。

「そもそも海上商業組合の本拠地ってどこになるの?」
「昔は中央の南にあったって話だけど、帝国との戦争で壊滅させられて今は散り散りだって聞いてるよ。それこそクリスさんなら現拠点の場所を知ってるだろうしそっちに聞いてみた方が早いかもね。教えてくれるかはまた別問題」
「それもそうね、所で……」

 本を閉じて棚へと戻し、窓の外へと目を向けた。

「あの馬鹿達何やってるの?」

 ミトの視線の先にはアデルとガズルが共に甲板で釣りをしていた。食料は往復分積み込まれていて不自由する事の無いこの船旅において魚を釣ろうとしているアデルとガズルが気になっていた。

「気分転換じゃないかな、何かしてないと落ち着かないんでしょ。ほら、プリムラの件があるから」
「あぁ、なるほどねぇ」

 安否確認が取れていないプリムラの事ばかりが二人の頭を過っていた。何かしていないとその事ばかりを考える様になってしまいどうにも落ち着かないでいるアデルとガズル。筋肉トレーニングから読書、船中の探索と出来る事はあらかたし終えて現在は釣りに没頭している。三十分ほどヒットは無い。

「何だかんだ言って心配してるんだよ、好きな人だからって事もあるだろうけど」
「親友同士好きになる相手も同じねぇ、仲良いのねあの二人」
「時々喧嘩もするけど、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない? 昔のコトワザみたいだけど」
「初めて聞いた――ううん、覚えていないだけかもね」

 外で釣りをする様子を窓際まで移動して眺めるミトと、変わらず霊剣の整備をしているレイの二人の間にそんな会話が生まれた。徐々に記憶を取り戻しているミトの表情はどこかやるせないようにも見える。

「記憶の方はどう? 何か思い出せた?」
「ちょっとずつ思い出せては来てるんだけど、今一確証を得るような物はまだぼんやりとしてる感じ。何て言えばいいのかな。靄がかかってるというか霧で見通しが悪いと言えばいいのかな。思い出してきたのは相変わらず戦いの事だけで肝心の「私がどこの誰で、何でここに居るのか」はさっぱり。無理に思い出そうとすると頭が割れる程痛くなってまだ無理ね」
「そうかぁ、でも徐々に思い出せて来てるのは良い事だねミト」
「そうかしら? 戦い方だけ思い出せても何にもならないよ」

 そう語るミトの横顔はどこか寂しそうに見えていた。肝心の自分が誰なのかが分からず戦い方だけが思い出せる現状に苛立ちにも似た感情が芽生えていた。その苛立ちはミラ、ファリックも同様だった。
 何故戦うことが出来るのか、何故自分達に戦闘技術があるのかが一切不明であり困惑する。だが結果としてそれが彼等をこの時代で生き抜く術であると理解している。故に不安が彼ら三人の脳裏を過ぎった。

「気にするなって言うのも無理な話だけどさミト、分からない答えを探すのだけが全てじゃないよ。今君達がこの時代に居るのに何か理由があるとしたら、肝心な所だけぽっかりと空いてる記憶もまた意味があるのかもしれないよ」
「――意外とロマンチストだよねレイって。そうね、もしかしたら意味があるのかもしれないね」

 レイの言葉にミトはそっと微笑みながらそう答えた。

 各々が抱えた悩み、不安を乗せて海上商業組合の船は一路西大陸へと向かう。
 消息が見えないプリムラや先行して西大陸へと渡ったカルナック達と合流すべく彼等は港町「リトル・グリーン」へと向かう。中央大陸で起きた大規模衝突、それ以上の戦いがこの先彼等に待ち受ける事は必至、それ故にレイの表情はどこか硬かった。