この星で、最後の愛を語る。

第三十七話 初めての敗戦 Ⅱ

 スッと立ち上がると一度深く深呼吸した。その姿を見てレイ以外の五名は即座にアデルの傍から逃げた。ミトとミラはガズルに捕まれ、ファリックはギズーに引っ張られる形ではあったが。

「ほら見ろ、信用してねぇだろお前ら!」
「いやだって、なぁギズー?」
「あぁ、変に巻き込まれたら堪らん」

 ため息を付きながらもゆっくりと精神を集中させる。高まるアデルのエーテルに反応するように周囲のエレメントがざわつき始める。
 次第にアデルの足元から炎がゆっくりと沸き始めた、出だしは好調に見えレイ達も少し緊張の糸がほぐれていく。その時だった。

「っ!」

 一気に噴き出す炎にアデルは慌てた、体内のエーテルが軽く暴走を始めたのが分かった。このままでは確実にエーテルに食われると思ったアデルはすぐさま炎帝とのつながりを切ろうとした。が、

「大丈夫だよアデル、そのまま」

 静かにアデルを見つめているレイが諭すように話す。

「馬鹿野郎、確実に暴走寸前なのに何が大丈夫なんだよレイ!」
「良いんだ、そのまま一度エーテルに委ねて」

 レイもまた氷結剣聖結界ヴォーパル・インストールを発動させる。万が一の事を考えてなのか、はたまた別の意図なのか。レイの表情は何か確信を得ているようにも見えた。

「どうなっても知らねぇぞ!」

 溢れだすエーテルをあえてコントロールせずに解放させる、黒く綺麗な髪の毛は真っ赤に染まり瞳の色もまた深紅に染まり始めた。
 その姿を見てミラは怯えていた、もしかしたら自分も使えるのではないかと高をくくっていたが目の前で起きている尋常ではないエーテル量とエレメントのざわめきを肌で感じていた。
 恐怖。
 そう、ミラが感じていたのは紛れもなく恐怖だった。アデルが使えるのであればと思って居た自分を殴りたくなり、またこれ程危険な術を練習も無しに使ってみようと思って居た自分に恐怖した。

「今だ、エーテルの放出を抑えて周囲の炎帝を取り込むんだアデル」

 意識を保っているのが不思議な程エーテルに身を委ねていたアデルに届いた言葉は確実に成長している証でもあった。レイの言葉通りにエーテルを操り始めた途端、それまで苦しいほど負担を強いられた体が軽く感じられた。そして。

「――あ、あれ?」

 放出していたエーテルが一定まで下がったところで、炎帝のエレメントがアデルの内側に定着した。暴れていた炎が、初めて彼の意思に従う。デバイスを使っていた時と同じ感覚が、確かに体の中にあった。

「出来た?」

 体の中に流れるエーテル量も安定し始め、放出するエーテルも自然に還元を始めるのを感じ取ったアデルは炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストールの発動に成功していた。だがそう長くその状態を維持することはやはり困難のようで五秒と持たなかった。

「ね、出来るもんでしょ?」
「何でだ? デバイスも使ってないのに何で?」

 目を丸くして驚いているアデルに対してレイは当然と言う顔をしている。

「デバイスを使ってある程度剣聖結界インストールを使うとエーテルコントロールを体が覚えるんだよ、だから僕は確信をもってアデルが発動できると思った」
「その割には氷結剣聖結界ヴォーパル・インストール発動させてるじゃねぇか」
「一応万に一つエーテル食われるようなそぶりを見せたら即座に絶対零度アブソリュート・ゼロでアデルを凍らせて炎帝とのつながりを切ろうと思っただけだよ。でも成功する確率は九割だと思って居たから本当に万に一つって感じだね。でもアデルが怒るのは僕じゃ無くて後ろの面々にじゃない?」
「後ろ?」

 氷結剣聖結界ヴォーパル・インストールを解除したレイの後ろをアデルが覗き込むとミラを盾に全員が隠れていた。ギズーはウィンチェスターライフルを取り出し、ガズルは両手に重力球を作り出し、ファリックは二丁のパイソンをアデルに向け、ミトは杖を握りしめていた。

「お前ら……」

 アデルの声にハッと我に返った彼等は各々獲物をしまう。ギズーだけは舌打ちをして渋々幻聖石に戻してポケットへとしまう。

「ギズーテメェ今舌打ちしやがったな!」
「うるせぇ死ねボケ、成功したからいいものを周りに煽られただけで博打するんじゃねぇクソッタレ!」
「な――おまえそれは言い過ぎだろう!」
「だからうるせぇって言ってんだよ、お前もお前だレイ。こんなクソ野郎煽って楽しむんじゃねぇ」

 苦笑いしながらレイは右手で頭を掻き始めた、その隣で今一納得しないアデルが夕陽を背に静かに怒りをあらわにしている。だが内心ほっとしているのは確かだ。デバイス無しでも発動に成功したのは彼にとって大きな一歩であり、確かな戦力アップと言っても過言じゃない。

「さて、それじゃぁ僕なりに考えた対策を今のうちに話しておこうと思う。その話が終わったら移動を再開しよう、出来る限り早く戻ろう」

 彼等が再び移動を再開したのは陽が沈んでから二時間程後の事だった。これには理由が幾つかある。
 まず一つ、暗闇に紛れて帝国兵との接触をなるべく避ける目的がある。次に現状彼等がどこに居るのかを帝国の目から隠れる必要があった為だ。
 既に情報戦で彼等にとっては不利な現状、出来る限り位置を把握されたくないとガズルが提案した事。居場所が分かっていれば奇襲を受けるリスクが上がり何か策を講じようにも後手に回ってしまう為だ。同時に帝国兵と出くわさないようにするのも時間をロスしない為、いくら彼等にとって気に留める事の無い戦力だとしても逐一戦っていてはその分時間をロスしてしまう。それを避けるには見つからないように闇夜に紛れて移動するのが一番の得策だった。
 先頭にギズーを配置し、次にアデルを置く。最後尾はレイ。その間は特にバラバラでも構わない。ギズーを先頭に配置したのには理由があり、帝国兵を察知した際素早く仕留める事が出来るのが彼であるからだ。シフトパーソルの先端に消音機を取り付けて静かに、闇夜に紛れて一発一発正確に帝国兵の頭を撃ち抜く。気が付いた時には既に遅し、仮に撃ち漏らしたらアデルが即座にツインシグナルで心臓を刺突するかグルブエレスで首を跳ねる。

 夜通し移動した結果、陽が昇るころには見慣れた丘へと到着していた。

「ここまでくれば後は目と鼻の先だ、少し休憩入れようぜ。流石に疲れたわ」

 アデルがその場に腰を落とすと次々に座り始めた。

「俺は周囲の状況を確認してくるわ、何かあったら呼びに来る」

 そう言うとガズルは双眼鏡を手にいつも見張りをする木を目指し歩き始めた、気温が徐々に上がり始めるのを感じ取ったレイはゆっくりとエーテルを練り始めた。ほんの少しだけ氷結剣聖結界ヴォーパル・インストールを発動させると彼の周囲から冷気が放出し始める。

「お前は良いよな、こんな暑さでも眉一つ動かさないんだからな」
「それにあやかろうとしてるアデルにそんなこと言われたくないね、何なら切ろうか?」
「いや、そのままで良い」

 二人の会話がどこかおかしくてミトが笑った、つられてミトとファリックも笑う。それを見てギズーがムスッとしながら埃だらけの服を見てため息を付く。

「俺は戻ったら絶対に風呂入る、こんな状態いつまでも続けてられるか」
「あら、意外と軟弱なのね?」
「テメェみたいに野生に生きてねぇんだよ」
「失礼ね、私だってお風呂に入りたいわよ」

 ギズーとミトがおちゃらけながらそんな小言を互いに言い合った。それをレイはホッとした様子で見ていた。
 ミト達が彼等の前に現れてから少し経つ、最初こそギズーは銃口を向けたり突如発砲したりと敵視していたが現在では仲間と認識して背中を預ける程の仲にまでなっている。それがレイにはとても嬉しい出来事ではあった。
 彼にとってギズーとは親友であり、友であり、また家族の様な存在でもあった。いや、ギズーだけではない。アデルやガズル、ミト達もまたその一員である。こんな時代だ、家族に飢える子供は少なくない。忘れてはいけない、レイもまだ子供なのだと。

「しっかし道中大した衝突も無くて良かったな」

 レイから発せられる冷気で涼んでいるアデルが空を見上げながらそう言った。

「気持ち悪い位だ、兄貴があそこに居たって事も不思議だが何にもなさすぎる。俺達をメリアタウンへと近づけさせまいとするだろうに道中居たのは一般の帝国兵だけだ、武装もショットパーソルとサーベル程度だったし何か腑に落ちねぇ」

 しかめっ面で冗談を言い合っていたギズーが懐から煙草を取り出して火を付けながらそう言った。

「覚えてるか? あの野郎の言葉」

 一息ついてから煙を吐き出してカルナック家であったことを思い出すギズー、常に引っかかっている事を彼なりの考察して喋りだした。

「メリアタウンの防御はある種鉄壁に近い、法術使いの数も帝国より多いし城壁の砲台の威力だって向こうからすれば脅威だろう。法術攻めも数で攻めようにも帝国からしたらどちらも不可能に近いんだ。逆を言えば防御に徹底していれば崩されることは無い。だからこそ俺達は安心して剣老院の元へと旅立つことが出来た」

 そう、メリアタウンの防御力は通常の街と比較にならない。まさに要塞都市であり難攻不落と呼ぶに相応しい。仮にレイ達七人が攻め込んだとしてもメリアタウンを落とすのは難しいだろう。それほどの防御力はあるのだ。

「それは僕もずっと気になってたんだ、仮にあの要塞都市が陥落するようなことが有ればこの戦争自体僕達にとって最悪の結果になる。それにプリムラ達もメリアタウンにいるし」
「でもよぉ、アレを落とそうとするならそれこそ「国落とし」に近いだろ? 今の帝国にそんな戦力が――」

 アデルはハッとした、一人だけいる事実だけがぽっかりと穴が開いたように抜けていたのである。決して忘れていたわけではない、最大限警戒していた事は事実であるが出来ればそうありたくないと願っていたのも事実。

「最恐――フレデリカ・バーク」

 レイは頷いた、アルファセウス最後の一角にして旧剣聖であるカルナックをも凌ぐと言われる戦力を持つ「最」の称号を持つ帝国最後の切り札。

「最恐かぁ、対峙したことも無ければどんな力なのかもわからねぇから今一パッとしねぇけどおやっさんより強いって言われる位だからな。それに「最」の称号は伊達じゃねぇ。覚えてるか? エレヴァファル・アグレメントの事」
「……忘れもしない、霊剣を軽々と弾き返しアデルの斬撃に傷一つ付かなかった。同じ「最」の称号を持ち、先生とほぼ互角だったあの強さ」

 文字通り怪物だったあのエレヴァファル・アグレメントの事を思い出す。カルナックの右腕を切り飛ばした張本人であり、鉄壁の防御力を誇る人間要塞。最狂と呼ばれた男の事を。

「何にせよ、今は少しでも体を休ませたいね。流石に疲れた――」

 寝っ転がるアデル元へガズルが飛んできた、文字通り空からアデル目がけて。汗だくで悲壮感漂う表情をしていた。

「ビックリさせんな馬鹿野郎! 何だよいきなり!」

 過呼吸かと思う程息が荒いガズルに何事かとアデルは飛び起きた。そして言葉にならない言葉を発しようと必死に口を動かそうとする。幾度か唇が動くが何も言葉が出てこないでいる。そして。

「メリアタウンが……メリアタウンがっ!」

 それだけ、ただそれだけがガズルの口から発せられた。