この星で、最後の愛を語る。

第三十一話 世界情勢と彼等 Ⅱ

「――で、どうやって剣老院の家まで行くつもりだレイ」

 レイが戻って来てから二時間半、アジトの広間に集められたFOS軍のメンバーとその客人。レイ、アデル、ガズル、ギズー、ミト、ミラ、ファリック。以上七名が各々出発する準備を整えて集まっている。アデルだけかなりの重量だと目で分かる程の大きな荷物を抱えている。

「ごめんアデル、その荷物は何?」
「あ? アリス姉さんに頼まれた色んなものだよ。それで、どうやって行くんだ?」

 重そうに両手に袋を持ち、背中のバックパックもパンパンなアデルは直ぐにでも荷物を置きたそうな顔をしている。レイもこれには困った表情で苦笑いを一つ。振り向いてドアに向かうとゆっくりと開けた。そこには馬車が一台止まっていた。

「こいつで行く、先生がギルドに何やら注文をしていたみたいで荷台はまだ空いてるんだ。それに便乗させてもらう」
「……馬はいなかったんじゃなかったのかよ、おい?」

 口元を引きつかせて今度はギズーが口を動かした。

「馬単体は居ないよ、でも馬車なら居るから考えがあるって言ったんだよギズー」
「口の減らねぇ野郎だなお前も」

 そう悪態をついて一足先に外へと向かうギズー、つられてガズルとアデルも一緒に外へと出る。ミトがキョトンとした様子でそれを見ていたが、クスっと笑い声が漏れた。

「仲いいのね貴方達」
「まぁね」

 右手で口元を軽く押さえて笑っているミトに対してレイも笑みを零した、それを馬車に乗り込んだギズーが横目で睨みつけながら舌打ちを一つする。今度はアデルがそれを見てため息を付く。もっと仲良くは出来ないもんかと頭を抱えてギズーに問いかける。

「なぁギズー、何でお前はそうあいつらに突っかかるんだ?」
「別に……ただ面白くねぇだけだよ」
「面白くないってお前なぁ、あきらめろ。レイは元々あんな性格だし今更変わらねぇよ」

 アデルの言うとおりである、レイ自身は少しだけ自分の性格が変わったと思っているようだがそれは間違いである。共に過ごしてきたアデルは分かっている、レイの優しい心と他人を思いやる気持ちを。だがそれは時として厄介ごとに巻き込まれる、ギズーが懸念しているのはまさにそれだろう。

「良いかアデル、お前らはどうか知らねぇが俺はまだ認めてねぇからなっ」
「その言い方だと俺まで認めてるように聞こえるぞ?」

 アデルのバックパックを背中に回してそれに寄りかかりながらあくびをしているガズルが反応した、予想外の反応にアデルがまた困惑し始める。

「お前まで何言ってんだよ」
「別に気に入らねぇとか認めてるとかそういう話じゃないけど、ウマが合わないんだよあの貧乳とは」
「あー……そういえばずっと突っかかってるなお前ら」

 単純に買い言葉に売り言葉じゃないのかとアデルは野暮なことを言おうとして直ぐにそれを引っ込めた。ガズルの性格からすればそれを言えばきっと馬車内でまた互いに罵り合う言葉の戦争が始まるだろうと直感していた。いや、きっと始まるだろうとこの時点で嫌な予感が脳裏に浮かび、ガズルと少しだけ距離を取った。またミトが物を投げてきたときに巻き添えを食らうのは隣に居るアデル本人だからである。

「ところでよ、いくら馬車だからってどのくらいで到着するんだ? あまり長い事乗ってると腰痛そうだし嫌だぞ俺は」

 帽子を取って羽飾りの位置を直して被りなおす。徒歩で丸二日の距離を馬車でどの程度で付くのか疑問に思ったアデルがぽつりと呟き即座にガズルとギズーが首を傾げる。

「それぐらい計算できねぇのか?」「それぐらい計算できねぇのか?」

 二人同時に同じ言葉を発した。

 出発して二時間、時刻はまもなく正午を迎えるだろう。日差しが彼等の真上まで登り容赦なく照らしている。気温も上昇を続け昨日記録した過去最高気温を上回っただろう、馬車の中で揺られている彼等の額にも汗がにじんでいる。一人を除いて。
 言うまでもないレイである、一人だけ法術で体温を調節し涼しい顔をしている。それを憎たらしく見つめるのがアデルだ。隣で帽子で仰いでいるガズルとシフトパーソルの整備をするギズーも暑そうにしているがアデルほどではなかった。

「レイ……こっちにも冷気送ってくれよ」

 しびれを切らしたアデルがついにぼやいた。

「そんなこと言ったって結構展開してるよ? 座る場所が悪いんじゃないの?」

 アデルが座っている位置は馬車の中でも先頭、残りはレイを中心に座っている為均等に冷気が放出されているがアデルにだけその冷気が届いていない状況である。正確には冷気が出てる所がアデルからしたら風下に当たる位置なのだ。決してレイが自分だけ涼しくなれば良いやと思っている訳はない、どちらかと言えば気遣ってエーテルをコントロールしている位であった。

「じゃぁ誰か俺と場所交代してくれよ、ここ地味に日差しも当たって暑いんだよっ!」
「そんなところに座るテメェが悪い」

 バッサリとギズーが切り捨てた。
 ガックリと肩を落としたアデルは右手に握る水筒を口元に持って行くと中に入っている水を一気に飲み干した。日光に当たっていたせいか程よく温い。

「ぬるっ! 踏んだり蹴ったりだよ畜生!」

 口元を拭って少しだけ座る位置を変更する、ちょうど日陰の中に入るスペースを見つけてはそこへと移動し、馬車が方向転換する度に日光を避ける様に動き始めた。

「ところで、ちょっと良いかしら?」

 レイの右側に座っているミトが急に口を開いた、レイの風下でかつ隣に座っている彼女はとても涼しい顔をしている。先ほどまでは少し汗をかいていたがアデルの一言でレイがコントロールギアを上げた事により今まで以上にひんやりとした風を受ける様になっていた。

「まだ時間かかるのなら、いくつか知りたいことがあるんだけど」
「何だよ貧乳」
「ひ……まぁ良いわ、いい加減あなたの言葉に一々イラつくのも疲れたわ。――この世界の情勢について聞きたいんだけど教えてくれる?」

 握りしめた右手を左手で押さえながらゆっくりと戻していく、ガズルもその右手を見てビクっとしたが胸を撫でおろす。反射神経とでも言うべきか? ミトが口を開けばガズルが突っかかる光景をこの馬車に乗ってから何度見てきただろうか、数えるのも馬鹿馬鹿しい位である。

「世界情勢って、具体的にどんなことが知りたいの?」

 二人の様子を交互に目で追って何度目かの苦笑いをした後レイが質問をする。

「そうね……例えば貴方達がいう帝国って何? どんな事してるの?」

 ミトが聞きたい事それは世界情勢と言うより武力均衡であった。初日の騒動で何度か出てきた帝国というキーワードがずっと気になっていたようだ。それについて今度はガズルが答える。

「帝国、正しくは武装国家スティンツァ帝国。現皇帝の『マッド・ガルボ』よりずっと昔から何年も何年もこの中央大陸を統治という名の武力で支配している組織だ。その歴史は古く千年以上とも二千年とも言われている。詳しくは帝国の幹部のみ知ると言ったところだな」

 どんな物にも歴史はある、だがこの帝国はその歴史がいくらかあやふやな点が存在していた。起源が一体何年前なのか、創設者は何と言う人物だったのか。どんな目的で作られたのか。これが何故不明なのか?
 帝国幹部ですらその歴史をきちんと把握しているものは居ないだろう、古すぎる歴史の中に何があったのかは想像もつかない。もう一つの理由としてカルナックが挙げられた。

「もしくは調べれば分かったのかも知れないけど今は調べようがねぇんだ、十何年前にそいつらの師匠が書庫毎破壊しちまったからな」
「破壊した?」
「そう、帝国じゃ最悪の一夜だったろうな。これから会いに行く人はかつてたった一人でその帝国を破滅寸前まで追い込んだ張本人だ、現人類最強。俺達が束になってかかっても勝てない人だよ」

 その言葉にレイとアデルの背筋がピクっと動いた、今まで汗一つかいてなかったレイの顔にこの日初めて汗が流れた。アデルはと言うと多汗症とも取れる量をかいている。それを見たミトが立ち上がろうとした。

「え、どうしたの二人とも」

 真っ先に隣に座っているレイに手を差し伸べようとしたところをギズーがそれを阻止した。彼もまたほんの少しだけ汗をかいている。間違っても暑さで出ている訳じゃないことをここに代弁する。

「今はそっとして置け、ただのトラウマだ」

 ギズーが淡々と言う横で、レイとアデルは死んだ魚のような目をしていた。二人の脳裏には、きっと思い出してはいけない何かが蘇っているのだろう。

「と……トラウマ?」