この星で、最後の愛を語る。

第十四話 剣聖結界 ―蒼い風と炎の厄災― Ⅲ

「これが――こんな事がっ」

 レイはその歴史を見た、伝承にだけ語り継がれてきた炎の厄災をその目で見た。
 おぞましいほどの憎悪、耐え難き苦痛。厄災の真実をその目に刻んだ。そして思い出す、爆風で家が燃え人が燃え犬が燃える。髪の毛と肌の焼ける匂い、助けてと叫ぶ人々の叫び声。厄災と対峙したときに見えたビジョンの数々。一つ一つ鮮明に思い出した。

「これが人の性だ」

 厄災はレイの隣で語る、悲しき魔人が見せた過去の記憶。一体彼らが何をしたというのか、レイも同じことを考えていた。伝承に残るのはすべて人が優位に見せるための偶像。捻じ曲げられた真実、こんなもの……まともでいられるはずがない。

「もう一度問う。少年よ、これでも人間である事に固着するか?」

 三度心臓が鳴りギュッと右手で胸を押さえる。すさまじいまでの激痛がレイを襲い一瞬だけ意識が飛びそうになった。歯を噛みしめ崩れそうな足に力を入れた。

「少年よ、……いや、我等が同胞よ。我ら魔人は決して人間を許してはならない」

 踏みとどまった意識はゆっくりと刈り取られるように薄れていく、次第に膝から崩れ落ち項垂れる。もうレイの耳に魔人の言葉は届かない。

「私に身を委ねろ。痛みも、迷いも、弱さも、すべて私が焼き払ってやる。その力で、我らが願いを叶えよう」

 大きく裂けた口は終始そのままだった、厄災は崩れたレイの体に手をかけ顔を覗き込んだ。その眼は瞳孔を開いたまま、瞳から光が消えていた。

「さぁ、楽しい楽しい時間の始まりだ」

カルナックとシトラは、同時に息を吸った。次の瞬間、二人の声が吹雪の中に重なる。

剣聖結界インストール」「剣聖結界インストール

 カルナックとシトラは同時に叫ぶと体内のエーテルが弾け飛ぶように乱れた、先ほどまでの二人とはまるで別人の様なその後ろ姿にガズルとギズーは言葉を失う。

雷光剣聖結界ライジング・インストール

 カルナックの白銀に輝く髪の毛が黄色に変わる。体全体が静電気を帯びたように青く光る、服と服の間に電流が流れている。

氷雪剣聖結界ヴォーパル・インストール

 シトラの黒い髪の毛が水色に染まる、左手に持ち替えていた杖を右手に移すと一瞬のうちに杖が凍りだした。それは形を形成し槍へと姿を変えた。

「先生、勝利条件は?」

 シトラが横目でカルナックを見る、問いかけられた本人はレイから目を離さずに

「無力化、またはその生命活動の停止」

 と短く答えた。

「待ってくれ剣聖、殺すことは――」

 ギズーは聞こえた言葉に耳を疑った、とっさに出した言葉だったが言い終わる前に目の前の二人は瞬間的に跳躍する。目で追うことができないスピードだった、瞬きする瞬間に驚異的な跳躍力でレイへと近づいていた。二人の得物が彼をとらえようと刃が交差しようとしていた。

「っ!」

 シトラは目を丸くしていた、障壁を突き破りレイの心臓を氷の槍で一突きしようとしていたにも拘らずその刃は障壁によって妨げられている。

「これは困りましたね、並の障壁ではありませんよ」

 カルナックの刀もその障壁に阻まれていた。もちろん二人が手を抜いているわけではない、被害が拡大する前にと全力で彼の生命活動を絶とうとしていたからである。しかし実際は二人が全力で襲い掛かったにもかかわらず障壁はびくともしなかった、ひび割れるという次元ではない。文字通り強固すぎる障壁が二人の攻撃を防いでいた。

「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 レイが咆哮する、その声に後ろにいたガズルとギズーは思わず両手で耳をふさいだ。鼓膜が破れるかと思うほどの大声だった。

「忘レヌ……人間メ、贖罪ナリ……神罰ナリ……ニンゲン……ッ!」

 突如としてレイの足元から炎が吹きあがる、カルナックとシトラは後ろへと飛び巻き上がる炎をよける。レイの体を炎が包み込み、一度体から弾かれるように離れると巨大な火柱を上げた。

炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストール!?」

 カルナックが声を上げた、それは戸惑いの声でもある。レイの適正には炎は含まれていない、元来持ち合わせているエレメント以外のインストールを使用することなど不可能なはず。しかし目の前のこの現象はなんだ、適正外のエレメントを使ってのインストール。そんなことカルナック本人にもできることはなかった。

「レイ君を封じ込めます、先生時間稼ぎを!」

 氷の槍を地面に叩きつけ割ると両手で鉄の杖を頭の上でくるくると回し始めた、それを勢いよく杖の先端を地面へ振り下ろすと魔法陣が出現する。
 法術の詠唱を一つ一つ丁寧に唱えながら魔法陣をさらなる強固なものに変えていく、これほど大きな物形成と維持にかなりのエーテル量を消費するだろう。

「わかりました、ガズル君、ギズー君。二人も彼の動きを止めるだけでいいのです! 協力してください」
「お、おう」「殺すんじゃなくて足止めってことなら!」

 二人は同時に叫ぶ、先ほどから自信を治癒していたガズルはある程度動けるようになっていた。ギズーはもとより然程ダメージを負っていない。三人はシトラの正面に立つとガズルとカルナックが飛び出す、ギズーは胸ポケットから幻聖石を取り出し両手に収まらないほど大きなガトリングパーソル(銃火器を意味する、ガトリングパーソルは機関銃)をを出した。

「霊剣を吹き飛ばしてやる!」

 ギズーが取り出したのは十二連装の銃口を持つ巨大なガトリングパーソルだった、トリガーを引くとシリンダーが回転し上段の部分から驚くような速度で弾丸が飛び出していく。しかしレイが展開する障壁に弾かれ続ける。だがその弾丸の圧力とあまりにも早い連続した弾丸に徐々にではあるが後ろへと後退し始める。

「ガズル!」

 走り出してたガズルは対象者の少し前でジャンプする、両腕を頭上に回し両手の指を交差するように握る。握られた手の上には巨大な重力球が形成されていた。

重力爆弾グラビティ・ボム

 握られた両手をそのまま前に振りかぶると巨大な重力球はレイ目がけて急速落下した。だがそれは障壁によって塞がれレイがいる場所を残してその周辺の地形を凹ませた。

「グオオオオオォォォォォォォォ!」

 再びレイが吠える、霊剣を振りかぶるとその刀身に炎を宿らせ力任せに縦に振るう。振り下ろされた剣からは剣圧と共に炎がすさまじいスピードで飛び出してきた。それをガズルは見逃さなかった。
 握られていた両手を解き左手を迫りくる炎に向けて手の平を向ける、同時に重力球を作り出し炎を吸収し始める。右腕をすぐさま後ろに引くと一歩だけ右足を踏み込む。

「返すぜ炎!」

 踏み出すと同時に右手を左手で構える重力球と一緒に貫く。吸収された炎は瞬間的に圧縮され高密度で超高温になり一直線に放たれる、まるで弾丸である。ガズルから放たれた炎はレイの障壁にぶつかると、一点だけを貫きレイの左腹部を貫通した。

「よくやりました!」

 カルナックが突破された障壁へと間髪入れずに刀をねじ込む、剣先が数センチ入った程度でレイの体までは到達していない。しかしここからが早かった。いや、見えなかったが正しいだろう。剣先がねじ込まれたと思った瞬間レイの障壁は音を立てて粉々に破壊された。
 ガズルとギズーには単純にその隙間からひびが入り破壊できたのだと見えていただろう。実際はかなり異なる。それを正確に見えていたのはシトラだけだった。
 カルナックはこの時、ねじ込んだ刀を一度引き抜くともう一度差し込む。今度はさらに奥へと進んだ。次に刀を横に向け一閃、左半分に亀裂が入り一部が欠ける。同じように上、右、下と四発を目にも止まらないスピードで打ち込むと一度刀を鞘に納める。その次の瞬間だった。まさに神速、時間をゆっくりと再生できるのであればそこにはこう映っていただろう、抜刀した瞬間に六方から剣戟を寸分の狂いもなく一か所へと叩きこむ、集まる剣閃を。

「シトラ君! まだですか!?」

 三人の後方で詠唱を続けているシトラ、唱え続けていた詠唱を止めると三人に向かって叫ぶ。

「準備できました、みんな飛んで!」

 その声と同時に三人は地面を同時に蹴った。高く飛び上がるのを確認したシトラは魔法陣を発動させる。
 魔法陣が赤く光るとレイの周辺の気温が一気に下がる、十度、二十度と尋常では考えられないほどの速さで下がる。炎の勢いは弱まりやがて鎮火し始める。

絶対零度アブソリュート・ゼロ

 突如としてレイを中心に巨大な氷が出現した、透明で不純物の一切ない氷だ。その上から雪が覆いかぶさりそれも一瞬で凍り付く。半径五メートル、高さ八メートルの巨大な氷が出現した。

「レイ!」

 ギズーが思いっきり叫んだ、自分が予想していたものとかなり違っていた為レイの安否を心配する。

「大丈夫だよギズー君、殺してはいない。ただ一時的に身動きを拘束し結界で氷漬けにしただけ」

 そこまで言うとシトラは自身のインストールを解いた、スッと元の髪色に戻るとニッコリと笑顔を作る。それに安堵したギズーは着地するなり尻もちをついた。

「私が法術を解かない限りこの氷は解けることも無いから暫くは作戦を考える時間が――」

 シトラが氷を背に振り返った時だった、発動したばかりの氷の結界に一筋の亀裂が入る。一つ、二つと亀裂が増えるとやがて全体にヒビが届いた。

「嘘……」

 轟音を立てて氷の結界は粉々に砕かれた、小さな氷片がパラパラと崩れ白い氷の煙の中からゆっくりと人影が立ち上がる。フラフラとしているがその足は確実に地面に立ち上半身をのけ反らせると腕を左右いっぱいに開いた。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 三度咆哮が響き渡る。その声はレイの透き通った声ではなかった、まるで獣。人ならざる者、野獣の咆哮にもよく似ていた。その姿を見たカルナックは確信する。

「ここが、彼の旅の末路ですね」

 誰にも聞こえない声で、そうつぶやいた。