この星で、最後の愛を語る。

第十二話 剣聖結界 ―精神寒波― Ⅳ

 翌日、カルナックは自分の部屋に居た。窓から朝日が見えるこの時間、まだ太陽の気配は無い。分厚い雲に隠れ雪が外を舞っていた。昨夜から降り始めた雪は薄っすらと積もり僅かながら外を明るくしていた。

「カルナック、入るわよ」

 アリスがドアをノックしてから入る、中には懐かしい衣装を着ている部屋の主が居た。

「懐かしいわね軍服エルメアなんて。アデル君にあげたのが最後の一着じゃなかったのかしら?」
「あれは私が彼ぐらいの時に着ていた物ですよ、流石に大人になってからはあのサイズでは小さくてもう二着貰っていたんです。これに袖を通すのは何年ぶりですかね」

 エルメアだった、緑色であったが物はアデルが着ている物と同じもの。十数年前の帝国が着用していた軍服をカルナックが着ている。腰には愛用の刀が一本、鎖でしっかりと固定されている。

「行くのね」
「えぇ、本当はあの子達がもう少し成長し強くなってからでも良かったのですが……彼が動いたのであれば私も動かなくてはなりません」
「行く前に、やることがあるんじゃない?」
「やること?」

 アリスは溜息を一つ吐いて一つ帽子を背中から取り出すと机に置いた。見覚えのある帽子だった、黒くて右目の上に切込みが入った帽子。

「あの子達に貴方の生きた証を教えるのまだでしょ?」
「……」

 暫く沈黙が流れた、しんしんと降り続ける雪は部屋の温度も急激に下げる。息が白く吐き出されタバコの煙と違いが分らないほどになっていた。

「最後の試練がどれほど危ないかは分かってる、でもそれをやらなければ自分自身に勝つことも出来ない。本当の自分を知ることも出来ない、少なくともアデル君とレイ君の二人は耐えられる。そう育ててきたでしょ?」
「仮に耐えたとしてインストールを使いこなすことは出来ません、インストーラーデバイスを使ったとしてレイ君は十二分、アデルに至っては五秒前後です。その後の精神寒波で身動きがとれず的にされます」
「相変わらず硬いのね、そう思うでしょ二人共」

 アリスが振り返るとガチャっとドアが開いた、出かける準備を済ませたレイとアデルの二人がそこに居た。後ろには同じく準備を済ませたガズル、ギズーを初めとした彼らが立っている。

「おやっさん、俺達はインストールを教えてもらう為にここに帰ってきた!」
「先生、僕達は知りたいんです! 剣聖の奥義を!」

 するとアデルは腰にぶら下げていた剣を引き抜き、レイも幻聖石を取り出して霊剣に姿を戻す。

「「どうしても行くって言うなら、ここをどかない!」」
「貴方達」

 グッと腰を落としていつでも戦える準備をする二人、その後ろでギズーが右手で銃を抜くとカルナックに照準を合わせ、ガズルは肩幅に両足を開いてスタンスを取る。

「先生より授かった世界に四人しか居ない剣帝……その称号を貰ったときから僕は先生の技全てを受け継ぐつもりで居ました。だからこそ教えてもらいたいんです!」

 レイが言う。

「おやっさん、あんたは俺に剣帝の称号を渡してくれなかった。それが悔しくないと言えば嘘になる。それでも、舞踏剣士と法術剣士、二つの称号をくれた。あの時は剣帝より凄いものを貰ったんだって、本気で思ったんだ。でも、俺が本当に欲しかったのは称号じゃない。カルナックの名前だった!」

 アデルが言う。

「俺は剣聖が何でこんなに強いのか不思議だった、もちろん敵も多いと思う。だけど実際にこうやって話してみて感じた事がある。剣聖の二つ名にふさわしい人だと俺は感じたんだ。師匠なら弟子に技を教えてやってくれ! 俺達はもっと強くなりたいとは思わない、それでも必要なことなら超えたい壁なんだ!」

 ガズルが言う。

「もう強くなりたいなんて思わない、嘘に聞こえるかもしれないけど俺は本気だ。あんたが俺達を殺してでも進むって言うならこれ以上の強さを求めることなんて出来ないからな!」

 ギズーが言った。
 それぞれの思いの内を吐き出して一歩前へと踏み出す、それを見たカルナックは一つ溜息を付いて懐の刀を鞘から引き抜く。

「ガズル君、ギズー君下がりなさい」

 綺麗な刃だった、毎日手入れをしているような程の美しさを持つ刀だった。刃に写るレイとアデル、カルナックは刀を自身の体の前に持っていくと逆手に持ち替える。刀身を地面に向けた状態で握っていた拳をゆっくりと解いた。

「レイ君、アデル。これから君達に教えるのは君達自信のことだ」

 刀がタイルに突き刺さった瞬間刀身から光が放たれる、部屋一面を覆うほどの光がその場にいた者達の視力を一瞬にして奪う。

「なっ!」

 思わずアデルとレイは腕で目を保護しようとした。だがそれも意味が無い物だと知る。保護しようと顔の前に腕を伸ばした時、二人は意識を失った。

「向き合いなさい、そして戦いなさい。自分自身に勝つことが出来れば……君達も本当の意味を知る」

 突き刺さった刀を右手で抜き取ると光は一瞬にして消える、だがカルナックを覗くアリス、ガズル、ギズーの三名はいまだ視力が回復しない状態でカルナックの言葉だけが耳に届く。

「負けることは許しません」

 何時間経っただろう、アデルとレイの二人はベッドの上でスースーと寝息を立てて寝ている。いや、気を失っているといったほうが良いのだろうか。
 その傍に師匠のカルナックが立っている、二人の顔を見てフッと笑いその部屋を後にしようとする。

「私も、何を考えているのだろうか」

 ドアノブに手を当ててそう呟いた、もう一度振り返り弟子の顔を見て部屋を出た。

「剣聖、二人は?」

 外で待っていたガズルが問う、カルナックは首を振って答える。

「まだです、ですがそろそろのはずだと思います」
「あの二人は、一体どうなっているんだ」

 続いてギズーが聞いた。

「今の二人は自身のエレメントと対話をさせています、レイ君は目覚めが早いでしょうけどアデルには荷が重い話し合いになるかもしれませんね」
「炎のエレメント、そんなにやばいものなのか」
「一言で言えば頑固、荒々しく見える炎でも一つの絶対なる秩序と言うものがあるのです。それを理解し記憶、さらに契約しなければインストールは扱えません。そして彼等は今、絶対心理の世界にいます。それは己の心の中と言えば聞こえは良いかもしれません、ですが内情はそれほど穏やかな場所ではありません」

 カルナックの説明に首を傾げる二人、まず何を言っているのかを理解するのに時間を費やし、さらにそれが何故今の二人に起こっているのかを考える。先に答えを出したのはガズルだった。

「さっき、剣聖の剣が光ったよな。あれが二人を絶対心理の世界に入れる物だった?」
「正確には違います、あの技はそこまでの効力は持ち合わせてません。もとよりあの技はアデルが開発した自己流奥義の一つです、名前は……」

 カルナックがそこまで言うと先にその答えをガズルが口に出す。

「逆光剣、確か可視光の光を作るのと同時に目には見えない特殊な光を出す。その光を見たものは目をくらませ、技の使用者が念じた相手の本当の姿を引き出す。実践じゃ使えない技だって言ってたな」
「その通り、ですが対人では話が別です。アデルの言う実践とは俗に言う怪物や化物を相手にした時の事でしょう、この森には凶暴な動物から小さな化物まで住んでいますからね。あの子なりに考えた実践とはそれらを相手にすることは入れてないのでしょう」
「……でもさ」

 突然ギズーが声を出した、今までずっと話を聞いていた流れから一つの疑問が浮かんだ。

「正直、俺達も此処へ来る途中幾つかの動物や怪物みたいなのに襲われてるんだ、それなのに実戦じゃないってのはどういうことなんだろ?」

 確かに正論ではある、それを聞いたカルナックはバツが悪そうに左手で頭を掻いて申し訳なさそうに言う。

「私に責任があるんですよ、修行時代にこの森のあらゆる動物や怪物、化物と戦わせましたので……アデルからすれば”それは修行の一環であり、実践ではない”と解釈しているのでしょう」

 その話を聞いて二人は呆れた、確かにアデルとレイの強さは尋常ではなかったがその原因はやはり師匠であるこの人にあるようだ。幼少時代の修行に野生の動物や弱小の怪物を相手していればそれは人間など取るに足らない存在だといえよう。

「さて」

 カルナックが廊下の奥においてある時計に目をやる。

「そろそろ時間ですね」

 そういうとカルナックの背中側から悲鳴にも似た声が聞こえた、何事かとガズルとギズーはカルナックを押し退けて部屋へと入った。

「なんだよこれ」

 ギズーが言う、目の前に広がってきたのは夥しい量のエーテルを蓄積したアデルとレイの姿だった。二人とも中に浮いてそれぞれの力に取り込まれようとしている。

「始まりましたね、後は二人の精神次第です」
「剣聖、説明してくれ。どうなってるんだ!」

 二人の後ろに立ち一度ずれた眼鏡を右手で治し、自分の愛弟子二人を見つめながら

「これが、剣聖結界インストールです」

 そう言った。